2015_11
04
(Wed)17:53

1章 第3話

オリジナル小説 『カタクリズム』
1章 第3話 【旅の始まり】

今更ですが主人公はエイン・トール・ヴァンレンです。
登場キャラが多いので存在薄くなってないか日々心配です・・・。

では続きを読むからどうぞ~。










【旅の始まり】






ゴーレムは崩れ落ち、ただの岩の塊へと姿を変えた
その残骸をハーフブリードの面々が
これがいい、あれがいい、など騒ぎながら漁っている
おそらくミスリルを持って帰るつもりなのだろう
ミスリルという鉱石の価値は非常に高く、金よりも遥かに上だ
見た感じでは相当純度の高そうな鉱石の塊だ
その価値は計り知れないだろう
本来であればここにいるほとんどの者が飛びつき
我先にと残骸を漁ってもおかしくはない
だが、彼らのそんな行為を誰も止めはしない
今回の最大の功労者なのだから・・・・

そんな光景を歩きながら興味無さそうに
横目で眺めていたのはミラ・ウル・ラシュフォードだ
彼女の左手には純白のハンカチがある
これだけでも結構な価値があるものだろう美しさだ
右手には水の入った30センチほどの桶を持っている
簡易テントが張られており、そこへと足を進めていた

扉代わりの薄汚れた布を押しのけ、くぐるように中へ入る
ボロ切れのような布が敷かれ
その上に横たわる人物を見つけ、彼の元へと向かった
もう1人の功労者であるエイン・トール・ヴァンレンだ

ミラは彼の右側に座り、桶を横に置く
まだ眠っている彼は全身に汗をかき、時折呻き声を上げている
回復魔法により止血はできているが、痛みまでは完全には消せない
辛そうな彼の額の汗を持ってきたハンカチで拭い、頬、首筋と丁寧に拭いていく
ハンカチが汗を吸い色を変えた頃に水の入った桶で洗った

こんな事をした事がないミラはどの程度絞ればいいのか分からない
とりあえず、軽く絞ったハンカチを彼の額へと乗せ・・・ビチャという水音を立てた
ハンカチから溢れた水がエインの顔を頭を濡らしていく
急いでハンカチを取り、咄嗟の事に慌ててしまい、高そうな服の袖口でエインを拭く
ふぅと一息ついて、ハンカチを桶の上でしっかり絞りなおしてから額に乗せる
今度は大丈夫だ、うんうんと頷き、ミラの表情が切り替わる
悲しいような、切ないような、苦しいような、そんな表情になった

「貴方は本当に凄いわね・・・わたくしは何もできなかった
 沢山の方が戦い、その光景を見ている事しかできなかったわ」

ミラの懺悔が眠るエインに届いてるかは分からない、ただ言いたかった

「怯え、震え、泣き、喚き、無力だった
 わたくしが見下していた貴方達は、わたくしよりも遥かに勇敢で・・強かった」

頬を涙が流れ、そして静かにゆっくり深々と頭を下げる

「数々の無礼、申し訳ありません」

聞こえてるかどうかは関係なかった、彼女は謝りたかったのだ
長く、長く頭を下げ、ゆっくりと頭を上げる
その顔にはもう暗い影は落ちていない

「わたくしは自分にできる事をしていこうと思いますわ」

それはエインに言ったのだろうか、それとも自身に言い聞かせたのだろうか
彼女の顔には内に秘めた強い意思を感じられた
言い終えたミラは彼の右肩辺りを指を這わすように触り、今は無い右腕を見る
こんなになってまで皆を救ったんだ、すごいなぁ
心の中で彼を称賛し、ミラは目を瞑り、そしてこの旅が始まった時の事を思い出す










始まりは突然だった
世界から"死の概念"が消え、生物は死ななくなった
生き物は増え続け、繁殖力の高い生物ほど勢力を拡大していった

それは"虫"である

今まで大した被害は無かったが、増え続ける虫に作物は荒らされ
死者が出ない事により増加の一途と辿る人類は"食糧難"に悩まされた
そして人々は争った・・・それは必然だったかもしれない
食糧を求め、小競り合いが激化し、いつしか"戦争"となった
そうなるまでに長い時間は必要なかった
死者の出ない戦い、負傷者ばかり増えていく不毛な戦争
人類はそんな不毛な争いを長きに渡り続けてしまった
迫り来る"虫の驚異"など目もくれず


戦争に参加したのはラルアース地方にある4国

ラルアース

◆ドラスリア王国
唯一海に面した国であり、王が支配し貴族が支える豊かな国だ

◆宗教国家カナラン
巫女を神の使いと崇め、この世界の神々を信仰する国である

◆自然国家ネネモリ
自然と調和し、森の恵みで暮らし、エルフも共存している国だ

◆産業国家ラーズ
ドワーフを始めとする技師に溢れ、古代技術を流用し発展を遂げた国である

周囲を高い山々に囲まれた地、ラルアース
北西にある海に唯一面したドラスリア王国
その南に広がる大草原を越えた先にあるのが宗教国家カナランである
カナランの東の山脈のふもとに産業国家ラーズがあり
ラーズの北、ドラスリアの東にあたる大森林に飲み込まれるように自然国家ネネモリがある

各国は疲弊し、弱りきっていた
負傷者は増え続ける、死なないと言っても治るのはそこまで早くはないのだ
カスリ傷程度なら1日あれば治るだろう
腕が無くなれば4日程度で生えてくるだろう
身体の大半を失えば1週間はかかるだろうか、それでも死なないのだ
痛みはあり、空腹感もある、脳死や餓死はしない
しかし、飲食しなければ動けなくなる、そして意識だけは残る



この戦争で魔法により腹から下が吹き飛んだラーズの兵士がいる
それでも彼は死ねなかった
戦場に放置され、何日も何日ももがき苦しんだ、それでも死ねなかった
いつしかぴくりとも動けなくなり、声も出なくなった頃
"それ"がやってきた・・・・虫である
身体中に虫が群がり、貪り喰らう
想像を絶する恐怖と不快感と苦痛だろう
彼はそんな状態で3週間以上放置され続けた
もはや身体の大半は虫に食われ、一時的に意識を失うが
再生して意識を取り戻し、再度食われる
これを延々と繰り返していたのだ

そんな彼を見つけたのは偶々だった

貧困者の少女、彼女はいつもと同じように戦場跡に宝を探しに行った
戦場跡というのは武器などが落ちていたりして貧困者にとっては宝の山なのだ
そこで少女が目にしたのは人の形をした虫の塊、そう彼だったのだ
彼女はその程度では臆しない、死体があるならそこから装備が取れる
宝を見つけたと言わんばかりに手に持つ麻袋でバシバシと虫を叩き、払う
イナゴのようなバッタのような虫たちは潰れ、飛散し逃げていく
そこで少女は目にする、信じられない光景を・・・

首の皮はなくなり、筋が剥き出しになり、所々穴が空いている
唇は無い、歯茎もほとんど残っていなく、白い顎骨と僅かに残った歯が見える
耳や鼻は失われ、片目は瞼すらなく、ほとんど食べられていた

そこまではいい、それは戦場跡では希にはある事だ
問題はその後だった

残った片目がギョロっとこちらを向く
そう彼は生きていたのだ

少女は貧困者、世界から死が消えた事など知らない
その日を生きるのだけで精一杯なのだ
余計な知識など得る時間はないし、知りたいとも思わない
そして彼女は彼に恐怖し逃げ帰る
それをスラム街の仲間に言うと面白そうだと数人で見に行く事になった
少女は嫌だったが仕方なく着いていく

払われた虫は戻り、再び食われ続けている彼の元へ一同はたどり着く
麻袋で虫を払い、姿を現した彼はかなり食われていて意識はほとんど無かった
うげぇ、きもちわりぃ、そんな声が聞こえた気がした
視界は悪い、ほとんど見えないと言ってもいい
黒い影のようなものが複数動いてるのは何となく分かった
それを目で追う、うわ、ホントに生きてるぞ、そんな声が聞こえる
彼はこの地獄のような苦しみを経て、自我というものは殆ど存在してなかった
動くものを目で追う、ただそれだけの生き物になっていたのだ
そんな彼に声が届く

「なぁ、こいつ軍に持ってけば金貰えんじゃね?この鎧は軍のだよな?」

そうして彼は子供達に引きずられ、生還した
もはや自我が戻る事はなかったが・・・



そんな兵士が生還した頃、4国で協定が結ばれる
死の概念が戻るまで争いはしないと

この世界、ラルアースには6体の神がいる、火・水・風・土・生・死
神にはそれぞれ巫女が必ず1人いる
それは神により選ばれるため、信仰心は関係無い
神とはラルアースでは確かにそこにいる存在なのだ

今回の死の概念が消えた原因、それはおそらく死の神に関わる事だろう
そこで各国の強者が6名ずつ選ばれ、合計24名の精鋭部隊が結成される
彼らの目的は死の神を探し、原因を突き止め、可能ならば解決する事
そして選ばれたのが彼らだ



ドラスリア王国

3大貴族ラシュフォード家令嬢・剣士ミラ・ウル・ラシュフォード
ヴァンレン家次男・剣士エイン・トール・ヴァンレン
サーガ家当主・弓士イシュタール・セル・サーガ
宮廷魔導師・風の魔法使いブロス・ラジリーフ
3等級冒険者・刀使いサイガ
3等級冒険者・鎌使いイルガ


宗教国家カナラン

地の巫女マルロ・ノル・ドルラード
火の巫女イエル・エフ・リート
神殿盾騎士団長ガゼム・アン・ダイト
神殿盾騎士団員ダリル・ロッヂ
生の魔法使いのエール・ボア・エンジュ
教会守護隊・槍士カイル・リムシブ


自然国家ネネモリ

死の巫女リリム・ケルト
元盗賊団頭領・爆殺のクガネ
エルフの水の魔法使いエンビ・ルルラノ
斧使いの戦士アズル・ルゴス
弓士ガリア・ケルヌン
メイス使いリヨン・スッケルス


産業国家ラーズ

軍人ロイ・ホロウ少佐
1等級冒険者チーム・ハーフブリードの5名
リーダーである騎士シルト
弟子であるハーフキャットの騎士サラ・ヘレネス
ハーフキャットの生の魔法使いシャルル・フォレスト
生の魔法使いであり精霊召喚士ジーン・ヴァルター
エルフの生の魔法使いであり聖獣召喚士ラピ・ララノア



以上、24名が今回の旅に選ばれた各国の代表である
各国で力の入れようが違うのが伺える

ドラスリアはいわば使い捨ての人材を選び、申し訳程度にミラを差し出した
エインは実績は十二分にあるが
低級貴族の次男がそれほど功績を上げても邪魔なだけだ
イシュタールも似たようなものだ
いてもいなくても構わない存在、その程度なのだ
今回の旅に全く期待してないのが伺えた

カナランは巫女二人という大盤振る舞いだ
更に神殿盾騎士団長という大事な存在をも投入している
どれほど本気かが伺えた

ネネモリは死の巫女を選び、他は使い捨てとも取れる
実力者達ではあるが代わりは効く、そんな印象を受けた

ラーズは金で解決した
軍からは少佐という中間管理職を1名だけ送り、他は冒険者を使った
1等級冒険者ともなると相当な額が必要になる
しかし、所詮は冒険者、ラーズという国にとってマイナスになる事はない


そんな彼らが集められたのはドラスリア王国の南東部
各国の国境付近にある街・ナーテア

オリーブが特産品の人口1500人ほどの中規模の街だ
街の中央にはオリーブを象ったモニュメントがあり
その周りに民家や店が広がっている
この周辺のオリーブは各国と交易され、ドラスリアの経済の一翼を担う
オリーブは保存食であるピクルス用やランプ用など需要はかなり高い
そのため交易される品もそれなりの価値のある物になる場合が多い

それほど大きくない街だが、裕福な層がかなり多い
街の警備もしっかりしており、治安も悪くなかった
各国の国境という事もあり、各国が手を出しにくい位置というのも関係あるだろう
さらに、オリーブは平和の象徴と言われているのである
各国の中間地点という事もあり、先の戦争後の4国協定はこのナーテアで結ばれたのだ
しかし、今回の集合場所がナーテアに選ばれたのは他にも理由はあるかもしれない
オリーブは勝利・豊穣などの象徴でもあるのだ
今回の旅を祈願して、そういった意味も込められているのかもしれない

街の東側に位置する古い作りの大きな洋館、そこが集合場所であった
その洋館の主はアーガ家当主イシュタール・セル・アーガである
決して大貴族などではなく、力も権力もそれほどないが
イシュタールは顔が広く、地理的な事もあり、彼の館が選ばれたのだ

アーガ邸・中庭
決して豪華とは言い難いが、それなりに広く、それなりに整った庭
それがアーガ邸の中庭の印象である

続々と各国の代表達が集まり、最後に到着したのはラーズの一団だった
それぞれが相手を確認し、内緒話をするように小声で話し合っている
おそらく戦力を予想したり、容姿について話しているのだろうか
特に注目されたのは最後に来たラーズ国の一団だ
ラーズの軍人らしき男の後ろに一際目立つ5人がいた
彼ら5人は他国の子供達ですらその英雄譚は知っている
1等級冒険者ハーフブリードの面々だ

彼らが顔を見せた時、一瞬だが静寂が訪れる
その後、一際大きい内輪話が始まるのは仕方のない事だろう
逆にラーズの軍人であるロイ・ホロウにとっては、ある人物がいる事に驚く
それはエイン・トール・ヴァンレン、その人である
エインは先の戦争でもそうだが、それ以前からラーズとドラスリアの小競り合いにて
何度も何度も功績を上げている歴戦の勇者だ
ラーズ軍内で「アイツを見たら逃げろ」そう言われるほどの鋭い突きを放つ人物
その突きから言われはじめた異名・・・疾雷(しつらい)のエイン
貴族としての地位は無いに等しいが、その武勲はかなりのものだ
そんな人物がいて驚いた反面、少し嬉しかった
敵に回すと厄介だが、仲間になるとこれほど頼もしいものはない
ロイは少しばかりニヤける顔を引き締め足を進めた

その他にも目立つ人物はいる

火の巫女であるイエル・エフ・リート
彼女の魔法に恐怖した国は少なくないだろう
先の戦争に参加した者ならばその恐ろしさは誰もが知っているはずだ

地の巫女であるマルロ・ノル・ドルラード
その幼い身体からは信じられないような威力の魔法が繰り出される
先の戦争でもその力は発揮され、数々の大人達の驚愕とも恐怖とも取れる表情が作り出された

そして、死の巫女であるリリム・ケルト
長い黒髪は綺麗に切り揃えられ、可愛らしさと美しさの共存する女性だ
リリムは巫女の中でも攻撃力だけで言えば最強である
その魔法は1000名以上の兵を1撃で倒したとも言われている
しかし、死の概念が消えてから死の魔法使いは徐々に魔法が使えなくなっていったと聞く
では、ここにいるリリムという女性は一般人と変わらないのではないか?
そんなただの女性が今この場にいる理由、それは死の巫女であるからだ
今回の件が死の神が関係していると予想できる以上、彼女の同行は必須だろう

更に、リリムの側にいる人物も目立っている、元盗賊団頭領・爆殺のクガネだ
何故奴がこんなところに?そんな顔で見ている者が数名いる
クガネはそんな事は一切気にせず、木に寄りかかり目を瞑っていた




「うぉ、本物の爆殺じゃん」

シルトがクガネを見つけ、声をひそめるわけでもなく、そんな事を言う

「おー、ほんとだー、渋いなー」

ラピの目が輝く、こいつおっさん好きだったのか

「爆殺って事はアレ持ってるんだよね、ちょっと調べたいな」

ジーンが興味津々にクガネの持つ腰のダガーを見ている
クガネの持つダガー、アーティファクト武器・爆炎のダガーを

「2属性とか気になっちゃうよね」

ラピも同意していた
この二人は研究熱心というか、知識欲の塊というか、多少似たところがある

「サラは戦闘中の爆殺の動きをよく見てるといいかも、多分サラにとって役立つと思うよ」

「うん、わかった、余裕あれば見てみる」

師弟がそんな会話をしている頃、シャルルはじーっとある人物を見ている
気になったジーンが声をかけた

「どうしたの?」

「ううん、なんでもない」

「なんでもなくはないでしょ、あの子がどうかしたの?」

「んとね、可愛いなって思っ「わかる!!」

ラピが激しく同意している、それも即答を超える速度で
それからその女の子、マルロについて熱く語りだすシャルルとラピ
若干引きつつ、たまに笑いながら盛り上がるハーフブリード
ワイワイと騒いでいて、周りからは白い目で見られているが
そんな事は一切気にしない面々だった



同じくマルロを見ていた人物がいる
先ほど話題にもなっていた爆殺のクガネである
ハーフブリードの小さいのはエルフだ、おそらくここにいる誰よりも年齢は上だろう
それでも気に食わないが、それよりもあっちにいるガキだ

「なんでガキがここにいる」

クガネの声が偶々一瞬だけ静まった中庭に響いた
数人の視線が彼に集まる
クガネから視線を向けられているマルロにも若干の視線が集まる
ここにいる大半の人間は知っている、マルロという小さい女の子が巫女である事を

「いてはいけませんか?」

無意識にマルロは食らいついた
あのクガネに口答えするなどまともじゃない、殺されても知らないぞ
そういう視線がマルロに集まった
マルロ自身、何故こんな事を言ってしまったのか分からなかった
彼女は母親のお腹の中にいる頃に巫女に選ばれた珍しい存在であり
生を受けてからずっとカナランという巫女を崇める国で過ごしてきたのだ
そんなマルロを敬い、皆は言う"神の子"と
誰もが自分に頭を垂れ、まともに視線すら合わせようとせず
事務的な事以外の会話をしようとする者すらいないくらいだ
そんな彼女をガキなど呼ぶ者がいるはずがない

「ガキの出る幕じゃない、邪魔だ、帰れ」

なんて失礼な人だろう、それがマルロのクガネに対する第一印象だ

「いやです!私は地の巫女、邪魔になんかなりませんっ」

マルロはなんでこんなにも食い下がってしまうのかまだ分からなかった
そう、彼女は怒っていたのだ、本人は気づいてないが
それは彼女にとって初めての体験、それほど感情的になる機会など1度もなかったのだ

チッというクガネの舌打ちが聞こえ、彼は視線を逸らす
周りからざわめきが起こる
あのクガネが言い負けたぞ、とニヤニヤとクガネを見る者がいるが
クガネの殺気混じりの視線を受け即座に黙り下を向く

マルロはむすっとしながらまだクガネを見ていた
そんな少女の変化に、隣にいた火の巫女イエルは目を細め口角を上げる




ミラ・ウル・ラシュフォードは居心地が悪そうに辺りを見ていた
ここには彼女より身分の低い者しかいない
近い身分と思われるのは強いて言うなら巫女くらいだろうか
なんでわたくしがこんな奴らと、苛つく彼女はそんな事を考えていた
しかし、そんな考えは直ぐに改める、王命を受けているからだ
腰に差した剣に手を乗せる
ラシュフォードの者として今回の任、失敗は許されないわね
ミラが決意を胸に秘めたところで声が掛かる

「ミラ様、如何なされましたか?」

イシュタールがミラのご機嫌を伺う
面倒な男が来た、ミラのイシュタールに対する印象はそれだ
弓の腕はそれなりに優秀な男だが、低級貴族特有の媚びを売る雰囲気
それがミラにとっては面倒なのだ
鎮まっていた苛立ちが再び湧き上がり始める

「なんでもないわ、下がりなさい」

それだけ言い、彼を制す

「はっ、失礼致しました」

イシュタールは頭を下げ、数歩下がる

ドラスリア王国の領土は王が4割、三大貴族が4割、その他が2割所持している
三大貴族の中でもラシュフォード家はその半分
全体の約2割の領土を持つ、王国第2位の立場にある大貴族だ
エインやイシュタールが分類されるのは"その他"になる

こんな小娘に頭を下げないといけないとは、そんな事を考えていた
しかし、相手はラシュフォード家の御令嬢、やむを得ない
これからこの小娘と旅をすると思うと気が重かった

「・・・家畜ばかりね」

ミラの独り言が耳に入るが聞き流す
彼女が平民を家畜としか思ってないのは周知の事実なのだから
イシュタールは表面上は平民をそこまで見下してはいない
平民がいなくては貴族は成り立たないのは理解している
だが、目の前にいるミラ・ウル・ラシュフォードはそんな事は全く理解していない
ふん、世間知らずの小娘が!思い知らせてやったらどんなに愉悦を味わえるか
ミラを貶し欲望のまま汚す妄想をし、少しばかり口元が緩む

イシュタールは見た目や立ち振る舞いこそ紳士としか言えないそれだが
心の中はどす黒く、醜く歪んでいた

イシュタールのそんなゲスな考えなど知らぬミラは
少し離れた場所に立つ男へと目が行く
エイン・トール・ヴァンレン、低級貴族の次男という地位は無いに等しいが
彼には類い希なる剣技、突きがある

雷(イカヅチ)突きとも疾雷とも言われるその突きを
ミラも何度か稽古で見た事がある
ミラ自身も突きに関しては自信があるが
彼女の突きは剣の届く範囲内でないと意味が無い
それに比べ彼の突きは離れた位置からでも必殺の一撃となる

常人が剣の間合いで放つ突きを3メートルは離れていても先に叩き込めるだろう
そしてその威力、スチール程度の鎧や盾では簡単に貫かれる
噂ではカナランの盾騎士団の持つ
厚み3センチにもなるタワーシールドを貫いた事もあるとか
ミラの突きはスピードに特化した神速の三段突き
だが二段以上はほとんど使った事がない
それは二段でほとんどの相手が倒れてしまうせいだった
しかし、彼女の突きにはスチールの鎧や盾を貫くほどの威力は無い
彼女の腕力、レイピアという武器では鎧の隙間を狙い撃つ事しかできないのだ
自身より優れている突き、それは尊敬に値するものだった
立場上、彼に敬意を払うなどできないが、ミラのエインへの評価は高かった
彼は剣技だけではなく、ミラに対し媚びを売る気配がないのも好印象の1つだ
ふふ、と小さない笑いを洩らし、しばらくエインを眺めていた
先ほどまでの小さな苛立ちは既に消えていた





しばらくして各国の役人から声が掛かり、全員が中央へと集められる
そこに長い白い髭の白髪の老人が前へと出た
カナランの大司祭エレアザル・オシニスだ
細部に煌びやかな装飾のされたゆったりとした祭服を纏い
頭には50センチはあるであろう司祭らしい長い帽子を乗せている
年齢は相当なものだろうが腰は曲がっておらず、眼光鋭い人物だ

カナランには6神それぞれの宗派があり
それとは別で教会という6神全てを信仰する組織がある
そのトップがエレアザルだ
教会は全ての神を崇め奉っているので宗派の垣根を超え、全ての者が訪れる
ようは教会という組織が頂点にあり、そこから派生して各神の宗派があるのだ

エレアザルは24人全ての顔を一人一人見ていく
最後に死の巫女リリムに目をやり、小さく頷くと
集められた一同に聞こえる程度の声量で、しかし怒鳴る感じでない声で語りだす

「皆様にはこれより死の消失の原因究明
 神の聖域へ出立していただきます、準備のほどはよろしいでしょうか」

異論の言葉無い、しばしの沈黙の後

「この旅は過酷なものになると思われます
 しかし、世界の命運は皆様にかかっていると言っても過言ではありません
 人は傷つき、弱りきっています・・・何卒、皆様の力をお貸しください」

目を伏せ、軽く頭を下げる

「では、皆様の無事と成功をお祈りしております」

エレアザルは膝を折り、手を組み、目を瞑る
しばらくして立ち上がり、深く、ゆっくりと一度頷く
それを確認した皆が一斉に歩き出した



旅の始まりだった


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