2016_06
03
(Fri)23:51

3章 第20話

オリジナル小説 『カタクリズム』
3章 第20話 【神器】

今回は久々にワータイガーの二人の物語!
いやぁ、いいですなぁ・・・この二人好きだなー。

では、続きを読むからどうぞー。









【神器】






憂鬱な気分になる雨がしとしとと降り注ぐ
深い森の中にいるので直接降り注いでる訳ではない
だが、こうも雨が続くと流石に堪える
シャチとヒミカは長雨により体温は奪われ、思うように進む事は出来なかった
雨宿りに洞窟を見つけた二人は慎重に中を確認してから入る
高さは2メートルほどで、シャチは少し猫背でいなければいけなかった

火打ち石で火を起こし暖をとる
火種となる薪が湿っているため、なかなか火がつかなかったが
近くに咲いていた植物の綿毛があったのが幸運だった
綿毛が一気に燃え上がり、湿った薪に燃え移る
小さかった火は徐々に大きくなり、暖かさが二人を包む

洞窟の入口は少し段差があり、水が入ってくる事はない
元は何かの動物の洞穴だったのだろう
深さはそれほど無いが、今の二人にはありがたかった

「ヒミカ、寒クナイカ」

「ウン、平気ダヨ」

洞窟の奥の方でぷるぷると身体を振り、濡れた体毛から水分を振り払う
一瞬寒気が走り、ぶるっと身震いしたヒミカは急いで焚き火の側へと近寄った

「ム・・・寒イノデハナイカ?」

「平気ダッテ・・・クシュンッ」

「ムゥ・・・」

可愛いくしゃみが洞窟に響く
焚き火に薪を焼べていたシャチは、ずずっとお尻をずらし、ヒミカへと近寄る
突然近寄ってきたシャチを不思議そうに見上げていると
シャチはヒミカを抱き上げ、自分の膝の上に乗せた

「・・・・」

「・・・アリガトウ」

「ウム」

洞窟内の地面は濡れていないとはいえ冷たい
シャチの膝の上はまだ若干湿ってはいるが、地面より遥かに暖かく
焚き火に当たっていた事もあり、ぽかぽかとしていた

「ネェ、シャチ」

「ム?」

「オ母様ノ話ヲシテ?」

「ムゥ・・・・ヒウ様ハ・・・トテモ優シイ御方デシタ」

頭をシャチの腹に預け、ヒミカはシャチを見上げる
久々に母の話が聞けるのだ、こんなに嬉しい事はない

「俺ノ失敗ヲ見テハ笑イ、ヨクカラカワレタモノデス」

「フフ、シャチデモ失敗ヲスルノ?」

「俺ハ・・・失敗バカリデス」

「ソウナンダ・・ソレデ、オ母様ハ何テカラカウノ?」

「ムゥ・・・・・ボ・・・ト」

「?・・・聞コエナイヨ」

「唐変木・・・ト」

「アハハ、オ母様ガ正シイ」

「ソンナニ俺ハ気ガ効カナイカ?」

「ウンッ!」

即答だった・・・・そんなに何だろうか、シャチは悩む
しかし、膝の上で楽しそうに微笑むヒミカを見ていると
そんな些細な事は全く気にならなくなる
この幸せな時間がずっと続けばいい、そう考えてしまうのは自然の事だった

「ネェネェ、シャチ」

目を輝かせるヒミカはまだ何か聞きたいようだ

「ナンダ」

そんな彼女から出た言葉は、シャチにとって一番聞いて欲しくない言葉だった

「オ父様ノオ話ヲシテ?」

「・・・・・」

「ダメ?」

先程までの嬉しそうな表情はどこかへと行き
ヒミカの瞳には悲しみや寂しさといった感情が滲み出る

「ムゥ・・・・・」

シャチはヒミカに自身が父である事を隠している
既に巫女となったヒミカなら打ち明けてもいいのだが
今更何と言えばいいのか迷っていた

「ドウシテオ父様ノオ話ハ嫌ガルノ?嫌イダッタノ?」

「ムゥ・・・嫌イ・・カモシレンナ」

「ドウシテ?」

ヒミカは何も知らない、だから聞いてしまうのだろう
純粋に父の事を知りたいのだ
物心ついてから両親というものを知らないヒミカには夢のようなお話なのだろう

「俺ハ・・・・・・・俺ハ・・・・ヒミカノ」

シャチがそこまで言うと、突然言葉を切り
洞窟の外へと鋭い視線を向ける
それに気づいたヒミカも洞窟の外を見てみる
シャチはヒミカの両脇を抱え、ゆっくりと膝の上から降ろし
温もりでほどよく暖かくなっていた身体から熱が逃げてゆく

「ヒミカ様、俺ノ後ロヘ」

「・・・ウン」

怯えるヒミカは祖母レンウから授かった杖を持ち、シャチの背に隠れる
先代の生の巫女であるレンウの杖には癒しの効果が増大する魔法が宿っている
今は形見となったその杖を、ヒミカは大切そうに抱えていた

洞窟の外の茂みがガサガサと音を立てる
雨音により聞こえにくいが、ワータイガーである彼等にはハッキリと分かる
そこに何かがいるという事が・・・・

暗い森の茂みの隙間から光が2つ顔を覗かせる
赤く縁取りされたようなその光は中心は白く
一切動かずこちらを見ていた

シャチはアーティファクト武器の破岩を構え
ゆっくりと洞窟の外へと出た

赤い2つの光も同じように動き、ガサガサと音を立ててその身を晒す
現れたのは2メートルほどの長毛の四足獣だった
だが、この獣には特徴的な部分がある・・・・それは顔だ
アジア系の仮面でも被っているかのようなその顔には2つの赤く輝く大きな目がある
2本の大きな牙は左右に開かれるように伸び
頭には毛なのか角なのか分からないが、逆だった4つの突起物がある
襟巻きのように黄金の毛が生えており、燃え盛るように輝いている
その光だけ見ても、魔法的な力を持った魔獣なのは明らかだった

魔獣の名はバロンという
森の守護者、聖獣とも言われている獣だ
知性が高く、人の言葉すら話すというその魔獣は
一部の者からは神聖視されているほどだった

バロンの唸り声が響く

グルルルルル・・・・

シャチとバロンの間に緊張が走る
両者とも本能的に危険な相手だというのが分かるのだ
その時、後方の洞窟内にいるヒミカは魔法を詠唱していた

「間歇(かんけつ)なる祝福を」

これは先代の生の巫女レンウより教わった魔法の1つである
生の魔法としては上級10章の上にある、巫女にしか使えない魔法の1つだ
先にかけておくと持続的に回復の効果が続き
かすり傷程度なら即座に治り、疲れもあまり感じなくなる便利な魔法だ
しかし、効果はそれほど高くはなく、補助的な意味合いが大きい

シャチは内からくる暖かさのようなものを感じ、ニヤリと歯を見せる
そして、目の前の魔獣に意識を集中した
ジリジリと足を肩幅くらいに開いてゆき、少しずつ重心を下げてゆく・・・・
バロンの意識が瞬きするよりも短い時間ヒミカへと向く
刹那、シャチは大きく跳躍し、バロンの頭上へと飛んだ

目標を見失ったバロンは首を左右に振り、敵を探す
だが敵・・・シャチは頭上だ
次の瞬間、バロンの首は地面へと叩きつけられ、その頭蓋は砕け散った
肉片は辺りに飛び散り、頭の無くなった身体はピクピクと痙攣をしている

「フゥ・・・」

シャチがゆっくりと息を吐き出し、呼吸を整える
念のため辺りを見渡し、他に敵がいないか確認をしてから洞窟へと戻る

「シャチー!オカエリー!」

「ウム、魔法・・・助カッタ」

「エー、シャチナラ必要無カッタデショ?」

「有ルト無イトデハ大違イダ」

「ソッカ・・・フフフ♪」

ヒミカがご機嫌になり、シャチは彼女の頭を優しく撫でる
気持ちよさそうに目を細めるヒミカの顔が愛おしく想っていた

ヒミカを焚き火の前に座らせ、シャチは洞窟の奥で水を払う
水飛沫がヒミカまで届き、冷ターイ!と怒られる
スマナイ・・・と謝るシャチの顔はしょんぼりとしており
ヒミカは本気で怒った訳じゃないのにな、と
こういう所が唐変木なんだろうなぁと思い、クスクスと笑っている
ヒミカが何故笑っているのか理解できないシャチは困っていた


寄り添うように洞窟で一夜を明かす
次の日の朝には雨は止んでおり、二人は旅を再開した


深い森を抜けると、そこには数多の花が咲き誇る草原に出る
白い花、赤い花、紫の花、黄色い花、色とりどりの花が一面に咲いていた

「ワァ、綺麗ダネ!シャチ」

「ウム」

深い緑と闇に包まれていた森の中とは違い、ここには色が溢れている
辺りの空気も暖かくなった気さえしてくるほどだ
花の草原をしばらく歩くと、2つの巨大な岩が目に入る

「ヒミカ、アレデハナイカ」

「双子岩・・・?ソウカモ!」

「行コウ」

「ウンッ!」

一枚岩で出来た巨石、高さ12メートル、横幅10メートルはある
不自然なまでにそっくりな2つの巨石が並んでいた
表面はつるつるとしており、何かの金属が含まれていると予想できる
ヒミカが岩に触れてみると、不思議と岩は冷たくなく、むしろほんのり温かかった

巨石と巨石の間には横3メートルほどの細道があり、二人はそこを進んで行く
巨石の奥行は見えなかったが、この道は思ったよりも長かった
50メートル近くはあるだろうか、陽射しは遮られ薄暗い

二人は知らないが、ここはまるでミスリルゴーレムと対峙した"死の谷"のようだった
しかし、死の谷と大きく違う点が幾つかある
1つは岩肌はつるつるとしている事だ
もう1つは、地面は荒れておらず、隅には花すら咲いている

「不思議ナ岩ダネ」

「ウム・・・人工物ノヨウニモ見エル」

「コノ先ニ神ノ器ガアルンダヨネ?」

「神ハソウ仰ッタ」

「楽シミ~♪」

上機嫌に歩くヒミカを半歩下がった位置から見ている
シャチは嬉しそうなヒミカを見て幸福を感じると同時に不安も感じていた
生の巫女としての使命、迫る災厄、彼女は間違いなく戦いに身を置く事になるだろう
その時、俺に守りきれるだろうか、そんな不安が日に日に大きくなっていた

災厄というものがどういったものかは知らないが
自然的なものだとしたら俺にはどうする事もできない
いくら肉体を鍛えようと、自然には敵わないからだ
だが、"あれ"を使えば・・・シャチはその考えをすぐに頭から追いやる
"あれ"は禁忌だ、掟で使ってはいけないと決まっている
仮に使った場合のその後がどうなるかも知っている
馬鹿な事を考えた、今は神の器を手に入れる事に集中しなくてはならない
シャチがそんな事を考えいてると、ちょうど双子岩を抜ける所だった

その先に待っていたのは1軒のみすぼらしい小屋と洞窟の入口だった

「ココガ・・・ソウナノカナ?」

「オソラクハ・・・俺ガ見テコヨウ、ヒミカハ待ッテテクレ」

「・・・ウ、ウン」

シャチが足音を立てず、身を低くしてゆっくりと小屋に近づいて行く
すると、小屋まで50メートルほどの場所でシャチの動きが止まった
何かあったのかとヒミカに緊張が走るが
シャチが手で来るなと合図を出すので動かず待つ事にする

シャチには分かっていた、小屋の中に何者かの気配がする事を
そして、相手もこちらに気づいている事を・・・
気づかれているのであれば気配を殺す必要はない
シャチは背筋を伸ばし、堂々と小屋へと近づいて行った

小屋に近づくにつれ感じる気配は強まり
ただならぬ気のようなものを肌で感じる
シャチの手や額には嫌な汗が流れる・・・・本能的に危険を感じているのだ
手の汗を身体に巻きつけている毛皮で拭き取る

扉の前まで来て分かった事が幾つかある
この中にいる存在は自分と同等かそれ以上の存在だ
殺気ではないが、恐怖すら感じる気配が小屋の中からシャチに向けられていた

そして、僅かに震える手でコンコンと扉をノックした

「・・・入られよ、お嬢ちゃんの方もな」

中から聞こえてきたのは予想外に老人のようなしわがれた声だった
ゆっくりと扉を開くと、1つの小さな椅子に腰掛けている
枯れ木のように痩せ細った老人がそこにいた
老人の服はボロボロで、どうやればあんなに破けるのか理解できないほどだ

先程までの異常な気配、それを放っていたのがこんな老人と知り
シャチは一気に力が抜けたような感覚に襲われる

「・・・気を抜くでない」

老人の閉じられていた瞳が開く
その瞬間シャチの全身の毛が逆立ち、思わず1歩後退る
先程まで感じていた気配など比べ物にならないほどの圧迫感
突然頬を叩かれたような衝撃が頭を突き抜けていった

老人の眼は黒目部分が灰色になっている
おそらく見えていないのだろう
だが、その眼はシャチが見てきた中で一番恐ろしいと感じるものだった


強者


そう、間違いなく強者のそれだった

「ス、スミマセン・・・」

思わず謝ってしまった・・・あのシャチが、だ

「それはよい、後ろのお嬢ちゃんも呼びなされ」

「・・・・」

シャチがヒミカに顔を向け、手で来いと合図を出す
ぱたぱたと跳ねるように駆けてくるヒミカは何があったのか理解できず
不安そうな顔をシャチに向けていた

「ドウシタノ?」

「何デモナイ、コノ御老人ガ話ガアルヨウダ」

そう言われて小屋の中を覗き込んだヒミカは白髪の老人を目にする
白髪は肩ほどまであり、白い髭も長く伸びている
枯れ木のように細く、そこら中が破れた服を着ていた
種族は人間だろう、特に変わった様子はない

小屋の中には小さな椅子が3つ用意されており
老人は二人に座れと促す
席に着いた三者に重い空気が流れいた・・・・

「お前さん達、どっちから来なすった」

「西ニアル深イ森ヲ抜ケテキタ」

「なんと!よく無事に抜けられたのぉ」

老人は驚いたといった大げさなリアクションで言う

「あの森にはバロンという強い魔獣がおっての
 仮面のような顔と黄金のタテガミを持つ凶悪な魔獣じゃ」

「ソイツナラ倒シタ」

「ウン!シャチナラ1発ダッタヨ!」

「こりゃ驚いた、お前さんは強いんだのぉ
 バロンの使う炎、氷、風の魔法をどうやって対処したのじゃ」

「ヤハリ魔法ヲ使ウ魔獣ダッタカ」

「やはりとは?」

「使ウ前ニ終ワラセタ」

「こりゃたまげた」

老人は再び大げさなリアクションを取る
シャチからすればこの茶番は何だと言いたかった
この老人が放った気配、あれは自分よりも上のものだ

「ネネッ、オ爺チャン!オ名前ハ何テ言ウノ?私ハヒミカダヨッ」

「おおっと、こりゃすまなかった、わしゃ朱雀と申す」

「スザク?」

「そう、朱雀じゃ」

「朱雀オ爺チャンハ、此処デ何ヲシテルノ?」

「なぁに、お前さん達を待っておった」

ガタッ!とシャチが席を立ち、即座に破岩を構える
老人から一瞬だがあの気配が放たれたからだ

「焦るな焦るな、やり合うつもりは毛頭ない
 みっともないぞ、怯える獣でもあるまいしの」

「ムゥ・・・・」

シャチは倒れた椅子を起こし、腰をかける

「わしゃ目が見えんでの、お嬢ちゃんの顔を・・ちと触ってもよいか?」

「ウンッ」

手を伸ばし、空気を掴むようにしている老人の手をヒミカが優しく掴む
そして自分の顔へと誘導し、老人はゆっくりとヒミカの顔や耳に触れてゆく

「こりゃ驚いた、お前さん達は亜人か」

「ウム」

「ソウダヨッ!ワータイガーナノ」

「なるほどなるほど、よい毛なみじゃのぉ」

「アハハ!クスグッタイヨ!」

じゃれるように撫でくり回す老人に、キャッキャと喜ぶヒミカ
何だこの光景は・・・とシャチは静かに見守っていた

「ありがとのぉ、お嬢ちゃん」

「ウウン、触リタクナッタラ何時デモ良イヨ!」

「ほほっ、こりゃ嬉しいのぉ」

「アハハ!」

どうやらヒミカは朱雀という老人と打ち解けたようだ

「して、生の巫女ヒミカよ」

唐突に空気が変わる
あの気配を隠す事をやめた老人からは、より濃密な重苦しい気配が放たれる

シャチは立ち上がる事すら出来なかった
重い、とにかく重い気配だ
岩でも乗せられたかのように身体が動かない
金縛りとは違う拘束がシャチの身体の自由を奪っていた

しかし、ヒミカは全く感じていない様子だった

「ドウシタノ?シャチ」

「グッ・・・・」

「ほほっ、第一の試練は合格じゃ」

老人が笑うとその気配は瞬時に消える
ぷはっ!と大きく息を吐き出したシャチは鋭い視線で老人を睨んだ

「ほれほれ、その眼じゃ、そんなだからお前さんは動けんかったんじゃぞ」

「・・・・ドウイウ事ダ」

「わしゃ、お前さんを倒す力なんぞ全く無い
 あるのは相手の気を少し増やして跳ね返す事だけじゃよ」

「・・・・アレハ、俺ノ気ダッタト?」

「そうじゃ、お嬢ちゃんは何ともなかったじゃろ?」

「ウン、何カアッタノ?」

小首を傾げて聞いてくるヒミカの言葉に嘘は無いようだ

「・・・・先程試練ト言ッタナ」

「そうとも、これが試練じゃ」

「デハ、神ノ使イナノカ?」

「まぁ、そんなとこじゃよ」

ほほっと笑う老人からは先程までの気配は微塵も感じられない
あれが俺の気配なのか・・・シャチは自分の胸に拳を当て目を閉じていた

「第一の試練、それは攻撃するという意思を試したのじゃよ」

「攻撃スル意思・・・」

「そう、お前さんからは攻撃する意思がハッキリと伝わってきた
 だがお嬢ちゃんは違う、ヒミカからはその意思が一切ないと言っていい」

「ヘェ」

ヒミカは感心している
正直何を言っているのかあまり解っていないが、多分凄い事なのだろう、と

「生の巫女とは癒しの手、攻撃する意思など必要ないのじゃよ」

「・・・ナルホド」

「では、参ろうかの」

そう言い席を立つ老人に続き、二人のワータイガーも席を立った
老人はふらつきながら小屋を出て、手にしている杖で障害物が無いか調べながら歩く

「朱雀オ爺チャン、ソノ目ヲ治シテアゲヨウカ?」

「ほほっ、優しいのぉ・・・でも、これは無理なんじゃ」

「ソウナノ?」

「これはある者より受けた傷での、治すとかではないのじゃよ」

枯れ枝のような手で自身の両瞼に触れながら老人は言う
気のせいか、老人は少し嬉しそうでもあった

老人の後を着いて行くこと10分、3人は洞窟の前へと辿り着く

「ここが試練の祠じゃ」

祠という割にはただの洞窟にしか見えない場所だった
木の根が這うように生え、緑の苔がびっしりと壁を覆っている
少しひんやりとした空気が流れ、独特な神聖さを醸し出していた

「ここからはお前さんは入れんぞ」

「ムゥ・・・安全ナノカ」

「命を取られる事はあるまいて」

ほほっと笑いながら長い髭を触る朱雀に怪訝な顔を向けるシャチだが

「分カッタ、ココデ待ツ」

神の試練はヒミカのためのものだ、ならば待つしかあるまい

「行ッテクルネ!」

「気ヲツケルンダゾ」

「ウンッ!」

元気に返事をしたヒミカの尻尾はフリフリと揺れていた
上機嫌なようだ・・・大丈夫なのだろうか
心配や不安が募るが今は信じて待つしかできない
シャチは腰を下ろし、ドカっと洞窟の前を陣取る
そして、朱雀とヒミカは洞窟の中へと消えて行った・・・・


洞窟の奥は思ったより明るかった、岩肌が淡い緑の光を放っている
それがまるで夜空に輝く星のようで、星空を歩いてる感覚になる
だが、少し進むと景色は一変する・・・そこは森の中のようだった
星空の中にぽっかりと穴が空き、そこから森が覗き込めるような
そんな不思議な光景が目の前に広がっていた

「ワァ・・・」

「ここで試練を与えるぞ」

「ウン」

「よく見てなさい」

朱雀が穴の中に見える森へと手をかざすと景色が動いてゆく
すると、大きなハムスターのような動物が映し出された
その動物は弱っており、今にも息絶えそうである
その周りには小さなハムスターのような動物が沢山おり
親子であるのが見て取れた

「可哀相・・・・助ケテアゲラレナイノ?」

「焦るでない、待ちなさい」

再び朱雀が手をかざすと別の場所が映し出される
そこには先程と同じように弱った動物がいた
シカのような動物の周りには同じくらいの大きさの動物が集まっている
倒れている動物には角があり、群がっている動物には角は無かった
どうやらこの群れの唯一の雄のようだ

「助ケテアゲナイト・・・」

「1の試練を越えたお嬢ちゃんならそう言うだろうね」

「ナラ早ク助ケテアゲナイト!」

「これは試練だ、解るね?ヒミカ」

声を荒げるヒミカに優しい口調で答える

「・・・・ドチラカシカ助ケラレナイッテ事?」

「そう、頭がいいのぉ、これはそういう試練だ」

「・・・・」

ヒミカは俯く
朱雀は長い髭を触りながら続けた

「仮に両方を助けるのならば、神器は諦めなさい
 その資格は・・・二度と手に入らないと思っていい」

「ウン、分カッタ」

「む?」

ヒミカは1歩前へと出ていた
もう答えが決まったのだろうか

「両方助ケラレルンダヨネ?」

「話を聞いておらんかったのか?
 それをすれば神器を得る資格を失うのじゃぞ」

「助ケラレル命ヲ無視スルナンテ私ニハデキナイヨ」

そう言い、ヒミカは映し出されている雄鹿へと詠唱を始める

「なんと・・・」

朱雀は驚いていた、一切の迷いなくこの子は歩みだした
神にも匹敵する力を目の前に、たかが弱っている動物2匹の命を救うために
その力をいらぬと言うのか、この子は・・・
何と言う事だ、こんな子がいるのか
簡単な事でも聞いてるかのように、あっさりと答えを決めてしまったぞ

「朱雀オ爺チャン、コノ子ハ治シタカラ、サッキノ親子ヲ映シテ」

「ほほっ・・・ほほほっ!分かったわい、今すぐやるぞい」

朱雀は嬉しかった、ヒミカの心が朱雀にも届いていた
暖かい安らぎに包まれるような優しさ
それが朱雀の凍てついていた心の氷を溶かしていた

朱雀は6000年という時を待っていた
先代の神器所持者は、この奇跡とも呼べる癒しの力を攻撃手段として使ったのだ

過剰な生命力は肉体の限界を超えると死に至らしめる
以前、生命の泉に飛び込んだザンギという男は
全身から血を吹き出し、これが原因で死んでいる

それを攻撃手段として使ったのが先代の神器所持者である
朱雀は酷く悲しんだ、癒しの力を殺める力に使われる事が
そして、朱雀は神に願ったのだ
神器の所持者は自分で選ばせてほしい、と
こうして朱雀は人に姿を変える、その時の対価として視力を奪われていたのだ

それから6000年、彼は待ち続けた
幾人もの候補者が神により送られてくるが
誰一人として朱雀のお眼鏡にかなう者はいなかった
半ば諦めかけていた、今回の候補者もどうせ・・・と

だが、このワータイガーの少女はどうだ
いとも容易く答えを出してしまったではないか
朱雀の6000年間求め続けていた答えを!

「ヒミカは優しいのぉ」

「ソウ?普通ダヨ」

「ほほっ、そかそか、お嬢ちゃんには普通の事か、ほっほっほ」

「コレデ良シ・・ット」

雄鹿に続き、大きいハムスターの親も治療してしまった

「コレデ私ハ神器ヲ貰エナインダヨネ?」

「うむ、そうじゃな」

「シャチニ怒ラレチャウカナァ・・・・」

ガックリと肩を落とすヒミカに朱雀は言う

「お嬢ちゃん、そんなにあの父親が怖いのか?」

「父親?シャチハ違ウヨ」

「はて?」

朱雀は顎髭を撫でながら考え込む

「おかしいのぉ、この見えない目はハッキリと解る事もあるんじゃて」

「ドウイウコト?」

「お嬢ちゃんとあの男の気は全く同じものじゃ
 それは親や兄弟でしかありえぬのだがのぉ・・・・おかしいのぉ」

「エ・・・・嘘・・・・」

「嘘をついてわしに何の得があるんじゃ?」

「本当ニ・・・・シャチガ私ノオ父様ナノ・・・?」

「そのはずじゃて、何か理由があって隠しておるのかものぉ」

「・・・・・」

それからヒミカは黙り込んでしまった
二人は沈黙のまま祠を出る
外で待っていたシャチの顔を見た瞬間、ヒミカは朱雀の背に隠れ
ぷいっ!と横を向いてしまった

「ム?・・・何カアッタノカ?」

状況が理解できないシャチは慌てていた
しかし、ヒミカの機嫌は治りそうもなく
間に挟まれている朱雀は「困ったもんじゃ」と頬を掻いていた


そして、3人は小屋へ戻ってきた
ヒミカの手に神器が無い事を見て、シャチは小さなため息を洩らす
神に与えられた試練を超える事が出来なかったのだ
だが、ヒミカが無事戻ってきた事に今は感謝しよう

「ヒミカ・・・・良クヤッ・・」

そう言ってヒミカの頭を撫でようとすると
ヒミカはバッ!と勢いよく離れた

「ムゥ・・・」

「オ・・・・・シャチノバカッ!」

「ム?」

「シャチナンテ知ラナイッ!」

「何ヲ怒ッテイルノダ」

尻尾をぴーんと立ててヒミカは怒っている
何故自分が怒られているのか理解できないシャチは困り果てていた
そんな二人の間で朱雀が大きな咳払いをする

「ごほんっ・・・・いいかの?」

二人は朱雀の方へと顔を向け、話を聞く姿勢になる

「今回の試練、お嬢ちゃんはルールを破った
 そして、神器を得る資格を放棄したのじゃ」

「・・・・」

ヒミカは悪い事をした子供のように俯き、目に涙を貯めていた
シャチはそれを聞いて肩をガックリと落とした
何故だ、何故ヒミカはそんな事を・・・神からの命だぞ?と

『しかーしっ!』

突如枯れ木のような老人が大声をあげる
この細い身体からこんな大声が出ることに驚いていた

「お嬢ちゃんは合格じゃ」

とても、とても優しい笑顔で朱雀は言った

「エ?」

「ム?」

ほっほっほと大笑いして朱雀は言葉を続ける

「ヒミカ、お前さんはわしを持つに相応しい」

「ドウイウコト?」

「ほほっ、わしが神器なのじゃよ」

「エエッ!?」

ヒミカが素っ頓狂な声を上げる
これには流石のシャチも驚いた、まさかこの老人が神器だとは・・・

「わしは6000年、ヒミカ・・・お前を待っていた」

「6000年・・・」

途方もない時に想像もつかなかった
だが、それほど待ち望んでいたのだろう事だけは分かった

「お前にわしを託そう・・・受け取るがよい」

「ウン・・・・・ウンッ!」

ヒミカは元気よく返事をし、可愛らしい笑顔を向ける
その笑顔につられて朱雀も微笑んだ
そして、朱雀の身体は光に包まれ、視界は白く染まる
目がくらみ、次第に慣れてくると
そこには1つのペンダントが宙に浮いていた
緑色の宝石がはめられ、白銀の装飾の施されたペンダント
それはゆっくりとヒミカの手の平に降りて来た

「ワァ・・・綺麗・・・・」

「コレガ・・・神器・・・」

「温カイ」

ヒミカは大事そうにそれを胸に抱く
そして、首にかけ、指で摘んでみる

「ドウ?似合ッテルカナ?」

「ウム、ピッタリダ」

「フフ・・・」

笑いかけたとこで先程までの状態を思い出す
自分はシャチに怒っていたのだ
気まずくなり、ぷいっと後ろを向いてしまった
「ムゥ・・・」というシャチの唸り声だけが小屋に虚しく響いていた


小屋を後にした二人は双子岩の道を抜け、花の草原に出る
何度見てもこの花の草原は美しい
心が洗われるような気持ちにすらなる
だが、1つだけ来た時と違う景色が混ざっていた

「ム?」

「ドウシタノ?」

シャチの眉間にシワがより、先の方を睨んでいる
ヒミカもそちらへと目を向けると、まるで純白の花のような少年が立っていた

髪、目、服、全てが白い
年齢は10歳前後だろうか
とても綺麗な顔立ちで、一瞬少年か少女か分からぬほどだ
ワンピースのような服を着ており、風に揺られてふわふわとなびいている
長い白髪の髪は腰あたりまであり、風になびいて舞っている

まるで一輪の花が人間になったかのような錯覚すら覚えるその少年は
ゆっくりとこちらへと振り向いた

バクンッ!

シャチの心臓が飛び出るほど跳ねる
アレは危険だ、そう細胞の1つ1つが警告してくる
ギリっと歯を噛み締め、ヒミカを手で庇うようにすると・・・・

「綺麗な毛をしているね」

突如、背後で幼い声がする
先程までいた少年は姿を消しており、シャチは後ろを見る
すると、少年はヒミカの後ろに立っており、彼女の尻尾を撫でていた

見えなかった・・・・全くと言っていいほど少年の動きが見えなかった
シャチは全身から嫌な汗をかき、腰にある破岩を掴む

「ヒャッ!」

ヒミカが小さな悲鳴をあげる
突然尻尾を掴まれた事に驚いたのだろう
ゾワっと毛が逆立ち、ヒミカは震えていた

「あはは、もふもふだ」

少年はヒミカの膨らんだ尻尾を撫でまくる
シャチは最速の動きでヒミカを取り返そうと動き始めていた

すると・・・・

シャチの腕は空を切り、今目の前にいたはずの少年とヒミカは姿を消す
慌てたシャチが辺りをキョロキョロと見渡すと
先程少年が立っていた場所に二人はいた

「貴様・・・・何者ダ」

シャチの怒りの篭った声が響く
だが、少年は「あはは」と笑ってヒミカの尻尾を撫でていた
ヒミカは恐怖からか身動きが取れず、なされるがままにされていた・・・

「ヒミカヲ・・・・」

シャチの手は震えている、それは怒りからだ



『ヒミカヲ返セッ!!』



そして、シャチは全力で大地を蹴った



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