2016_06
09
(Thu)16:51

3章 第21話

オリジナル小説 『カタクリズム』
3章 第21話 【神の領域】

ついにここまで来たかぁ・・・長かったなぁ。
僕の物語は後付けみたいのはほぼありませぬ。
1章の時点で最終章までの大雑把な流れは決まってまして、
一部加える点もありますが、ほとんど後付けはしません。
なので、進んでくるとやっとここまで来たかーという実感がw

では、続きを読むからどうぞー。








【神の領域】






様々な花が咲き誇る美しい草原
この地に咲く花はそれぞれが自分の色を主張している
白、赤、青、黄、紫、ピンク・・・・
中には濃淡があり徐々に濃くなり薄くなる、色彩が連続的に変化する花もあった

天気は快晴、気温は暖かく、気持ちの良い風も吹いている
日向ぼっこでもして昼寝なんていいかもしれない
そんな考えが頭をよぎるような、とても気持ちのいい日だった

・・・そう、本来であればとても過ごしやすい日だっただろう

黄色と黒の虎柄の巨体の男が唸っている
彼の腕や足は鍛え抜かれたそれであり、余分な脂肪というものがない
全身に生える体毛のせいで、その見事な筋肉はあまり見えないが
それでも分かるほど彼の筋肉は膨張していた


男の名はシャチという

彼は亜人、ワータイガーのある部族の獣士長だった
だったとは、過去の事だからである
幾百の死線をくぐり抜け、幾多の武功を上げ、彼は英雄となり獣士長となる
獣士長、それは地の神を守護する者の長の称号だ
そんな彼が獣士長の座を降りたのには理由がある
新たな生の巫女ヒミカのためだ

彼の故郷ガドゥンガンはワータイガーの中でも1番の武力を有している
ワータイガーという種族は力こそ正義であり
力無き者はガドゥンガンを去らねばならない

ガドゥンガン、そこはワータイガーにとって聖地とも言える地だ
地の神のいる聖域を守るために作られた村
この地を守護する事こそワータイガーにとって最大の名誉なのだ
そのため、複数あるワータイガーの部族は争い
ガドゥンガンの地を奪い合っていた

だが、それも以前までの話だ
世界から死の概念が消え、その影響はワータイガーとて同じ、甚大な被害だった
大半の部族は存続が難しいほどに消耗していた
そして、全ての部族はガドゥンガンに集まり、1つの部族となった

部族統合により慌ただしい日が続くある日、神から言葉を託される
その声は生の巫女ヒミカと獣士長シャチにしか聞こえなかった
神託によりヒミカは旅立たねばならない
迫る災厄のために力を求めなくてはならなかった
シャチはそれに付き従い、生の巫女を守る事を命じられた
そして、シャチは獣士長の座を降りた

シャチにはこの名誉ある称号を棄てる理由がもう1つある
生の巫女ヒミカが彼の実娘だからだ
最愛のヒウの忘れ形見であるヒミカを心から愛している
未だ父である事は言えていないが、彼にとってそんな事は些細な事だった
ヒミカを大事に想う気持ちに何の違いもないのだから・・・



今、シャチはこの美しい花が咲き乱れる草原に立っている
そして彼の隣には守るべき存在、生の巫女ヒミカはいない
彼女は30メートルほど先にいる純白の少年の目の前にいる
ヒミカは尻尾を掴まれ撫でくり回されている
恐怖からか彼女は動けず、ガタガタと震えるばかりだった

少年からは悪意というものを一切感じない
だが、ヒミカはこの少年が恐ろしくて堪らなかった
テレポートでもしたかのようにヒミカの身体は移動し、彼女の視界は急に変化する
痛みや衝撃は無かった、何が起こったのかすら解らなかった
その"解らない"という事がヒミカに恐怖を与えていた

少年は笑い、ふわふわの尻尾を優しく撫でている
痛みは無い、敵意も無い、拘束もされていない
だが、ヒミカは動く事を許されていないかのように身動きが取れなかった

『ヒミカヲ・・・・ヒミカヲ返セッ!!』

シャチが叫ぶと同時に大地を全力で蹴る
地面はえぐれ、花が舞い散り、シャチの身体は一直線に少年へと向かう
その早さはサラの全速力に近い速度が出ていた
サラであれば足の骨や筋肉が耐え切れず負傷するほどの速度を
シャチという男の肉体は、いとも簡単に耐えてしまう
人類では到達できないレベルの身体能力、それが亜人ワータイガーの強さだ

アムリタを立ってからの12日間
深い森の中で幾多の魔獣を葬って来たシャチの拳が振るわれる
シャチの持つアーティファクト武器"破岩"が純白の少年へと迫る
1歩1歩と全力で大地を蹴り、一瞬でも早くヒミカを救わんとしていた

だが、シャチの拳は空を切る
再び少年とヒミカは消え、シャチは彼等を見失った
慌てて辺りを見渡すとすぐに見つける事ができた
少年は30メートルほど離れた位置でまだヒミカの尻尾を触っている

先もそうだが、全く見えなかった
大地は弾けていないし草花も散っていない
少年がどうやって移動しているのかすら解らない
瞬間移動の類いか・・・?厄介な相手だ
シャチは少年に対する警戒を強め、自身の出せる全力の力を込める

ドッ!

再び大地を蹴ったシャチは弾丸のように飛んで行く
30メートルという距離をたった3歩で詰め
ヒミカの尻尾を掴む少年の腕へと破岩を振るった

ピタッ

少年の腕を捉えたと思ったその瞬間
凄まじい速度、シャチの全体重、そして強靭な腕力を込めた一撃は止まった
しかし、それはシャチが止めたのではない
少年だ、この純白の少年はシャチの岩をも砕く破岩の一撃を
先程までヒミカの尻尾を掴んでいた人差し指と親指で摘むように止めていた

「バ・・・馬鹿ナ・・・」

破岩とは片刃の30センチほどの小刀である
ナックルのように指を差し込む部分があり
各指の部分には突起があり、そのまま殴る事も想定した作りになっている
特殊な金属で出来ており、その色は黒とも銀とも言える
絵の具を水に垂らした時にできるような積層模様が刻まれていた
シャチはそれを逆手に持ち使っている

カタカタカタカタ・・・・・

シャチがどれだけ力を込めようと、その刃は動く気配すら無かった

「おじさんも遊んでくれるの?」

少年は無邪気な眼差しでシャチに言う
この少年が今している事が無ければ可愛い子供にしか見えないだろう
だが、この少年はあのシャチの渾身の一撃を指で摘んで止めているのだ

「クッ・・・・化物メ・・・」

シャチは破岩を手放し、ヒミカを抱えて大きく後ろへと飛ぶ

「ヒミカ、大丈夫カ」

「・・ウ、ウン」

ヒミカは未だに怯えている
まだ手足は震え、少年を直視できないでいた

シャチは少年が破岩を掴んだのが見えなかった
先程までヒミカの尻尾を掴んでいたはずの手は一瞬で破岩を摘んでいた
有り得ない速度、有り得ない力、有り得ない精度
いや、有り得なくはないか、現に有ったのだから・・・
絶対的な差を実感し、シャチは2つの選択肢を思いつく

1つはこのまま逃げる事だ
しかし、少年がそれを許してくれれば、である

もう1つは出来れば選びたくない選択肢だ
それは・・・・

その瞬間、少年は再び姿を消し、シャチの懐に現れる

「ッ!」

驚き、目を見開いていると、少年はシャチに微笑み
手のひらでシャチを押すように、トンッと軽く手をついた

バゥンッ!

見た目とは裏腹にとんでもない衝撃がシャチを襲う
少年がシャチに触れた瞬間辺りの草花は散り、舞い上がる
そして、シャチの腹部には少年の手形が残り、その身体は後方へと吹き飛んで行く

「ガッ・・・ハッ!」

シャチの口から血が吐き出される
彼の身体は50メートル以上真後ろに飛び
その先にあった大木を折り、次の大木にめり込むようにして止まる

『シャチーーーーーッ!』

一瞬遅れてヒミカの叫び声が響く
薄れゆく意識の中でその声だけはハッキリと聞こえた
そしてシャチはその目でしかと見る、ヒミカの瞳に涙が光るのを・・・
歯をギリっと噛み締め意識を保つ

身体のあちこちから激痛が走る
内蔵を少しやられたか、それと骨も数箇所いっているかもしれない
だが、今のシャチにはそんな事はどうでもいい
そんな事よりもヒミカを救う事の方が重要だ
しかし、力の差は歴然、どうやってもシャチに勝目は無いだろう

いや、1つだけある

禁忌、それに触れればあるいは・・・
選びたくなかった選択肢であるそれを・・・シャチは選んだ
今使わなければ何時使うというのだ!

もう迷いはない

ゆっくりと大木にめり込んだ身体を起こし
口の中に溜まった血を吐き出し、前腕で口を拭う
シャチは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと、とてもゆっくりと吐いていく
それに合わせて両手を広げゆっくり下げてゆく・・・

「我ガ内ニ秘メル野生ヨ・・・目覚メノ刻ハ来タ」

シャチは目を閉じ、精神を集中する
自身の体内、精神の奥底、その深淵に触れるような感覚
それを見つけ、シャチは瞳を開く

「ヒミカハ返シテ貰ウゾ」

再び大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す
広げた両手にグッと力が込められた

ドゥンッ!

刹那、まるで彼の体重が一瞬で数十倍にでもなったかのように
大地はひび割れ、彼の身体は少し沈む
口から、全身から湯気のようなものが上がり
シャチの肉体は一回り大きなものへと変わった

「グルルルルルル・・・・」

シャチとは思えない顔がそこにはあった
眼は紅くなり、涎を垂らす、まるで獣のそれだ

この時、シャチは2つのものと戦っていた
1つは50メートルほど先にいる純白の少年である
そしてもう1つは・・・野性だ
一瞬でも気を抜くと一気に野性に持っていかれてしまう
それを何とか理性で押さえ込んでいた
そうしなければ、ヒミカすら殺してしまうから・・・

この状態をワータイガーは"獣化"という
言葉の通り、まさに獣になるのだ

亜人であるワータイガーの先祖は獣であったという
獣は神に認められ"人"としての知恵や姿、そして理性を与えられた
それが亜人の始まりだと言われている

獣化とは祖である獣に戻る技である
これはワータイガーなら誰でも使える訳ではない
ワータイガーの中でも百年に1人、類まれなる才を持った者のみが使える技なのだ
シャチがこの技を手に入れたのは偶然だった
若い頃、とある戦の死の淵で彼は願った、生きたい、と
その時、彼の身体に変化が起きたのだ
"生きたい"という本能が彼の野性を呼び覚まし、獣と化す
獣となったシャチはラーズの3000という大軍を一人で皆殺しにしたのだ
その後、当時の獣士長に気絶させられシャチは救われた
その時に当時の獣士長は命を落としたと言われている

この力は神獣に並ぶとも言われている・・・しかし
強大な力には必ずと言っていいほどリスクが存在する
その1つが自我を失う事だ
更にもう1つのリスクがあるため、この技は禁忌とされていた・・・

前獣士長の死因・・・それこそが獣化の最大のリスクである
あの時のシャチを止めるためには獣化するしかなく
前獣士長は獣化し、獣化したシャチを止め、命を落とした
神の領域に踏み込む獣化に肉体は耐えられないのだ
若き日のシャチは途中で止められた事と
生の巫女レンウによって助かっていたのである

今、この場に自分を止めれる者はいない
使えば絶対的な死が待っている
だが、使わねば万が一も勝ち目は無いだろう

ヒミカを救う

その想いはヒウを救えなかった罪悪感もあり
シャチの中で命よりも重いものになっていた


シャチの突然の変化にヒミカは驚いていた

「何アレ・・見タ事ナイ・・・何ヲシタノ?シャチ・・・」

あんな表情のシャチは見た事がない
まるで殺戮衝動そのもの・・・そんな雰囲気すらある
怖い、そう怖いのだ
ずっと一緒にいたはずのシャチが、父であるはずのシャチが
今のヒミカにはこの純白の少年よりも恐ろしかった

「わー、すごいすごい」

少年は新しいおもちゃでも見つけたようにはしゃぐ
ヒミカの尻尾を離し、少年は小さく拍手をしながら笑っていた

解放された瞬間にヒミカは走る・・・刹那、物凄い突風が彼女を襲った
身体がよろめき、背後の少年へと目をやると、そこには少年はいなかった
代わりにいたのはシャチだ
ヒミカがシャチから目を離して0.3秒程度しか経っていない
だが、50メートル以上離れていたはずのシャチが既に自分の背後にいた

パンッ!

ヒミカの耳に音の方が後からやってきた
空気が破裂したような乾いた音が彼女の耳に届く
その後、すぐに何かが爆発したような轟音が鳴り響く

目をやればシャチの視線の先にある双子岩の片側
高さ12メートル、横10メートル、奥行50メートルもある巨石は
轟音と大量の土煙を上げながら崩れ去っていた

何が起きているのか全く理解できないヒミカはシャチを見上げた

「グルルルルル・・・・」

言葉すら忘れてしまったようなシャチの後ろ姿に再び恐怖心が襲い来る
だが、そんなヒミカにシャチの声が届く

「・・・・ニ、逃ゲロ」

「シャチッ!」

シャチの言葉でヒミカの恐怖心は一気に和らいだ
涙を溜めながら笑顔でシャチに駆け寄ろうとすると

『イイカラ逃ゲロッ!!』

その怒鳴り声は空気が振動するほど大きなものだった
ビリビリと肌で感じる、絶対的な拒絶の意思を・・・
ヒミカはしょぼくれながらゆっくりと後ろを向く
そして、涙を腕で拭い走り出した

双子岩の方から目線は動かしていないが
ヒミカの動きが手に取るようにハッキリと分かる・・・これが獣化の超感覚か
振り向く事なく必死に走るヒミカの姿を感じ
シャチは一瞬ニヤけ、すぐに顔を引き締める

先程の一撃、確実に少年の腹を捉えた、手応えもあった
普段の全力が10としたら先程の一撃は2000は出ていただろう
それほどの圧倒的な力を実感していた
これで終わってくれるといいのだが・・・その程度の相手ではないだろうな
シャチがそう考えていると、その予想は的中する

バコッ!という音を立て、巨大な岩を軽々と持ち上げて
少年は瓦礫の山から姿を現した
その姿には傷や汚れといったものが一切見当たらない

分かってはいたが、少しくらい効いてくれてると良かったんだがな・・・
シャチは心の中で愚痴をこぼし、足元に落ちている破岩を手に取る
先程の一撃で左手の指の関節は逆方向を向いている
パキッパキッと指を真っ直ぐに戻し、拳を握った
動く、折れていても動く事が可能という事か
痛みも無い、これならいける!

シャチは破岩を右手に構え、大地を全力で蹴る
瞬間、大地は爆発し、その時舞い上がる土砂は走っているヒミカまで届く

キィィィィィィン!

空気を切る高音が鳴り響き、シャチの身体は瞬時に少年の元へと辿り着く
そのまま止まる事なく破岩を振り下ろし、少年の首を狙った
少年は優しい笑顔をシャチに向け、再び破岩を摘む
だが、今度のシャチの一撃は指で摘む程度では止まらない
そのまま押し切り、少年の首を跳ね・・・・・れなかった
破岩は少年の首で止まり、シャチの身体もピタリと止まる

ギリ・・・ギリギリギリ・・・・

破岩の刃は確実に少年の首を捉えている
だが刃は通らず、まるで鋼鉄でも切ろうしたかのように止まっている

「あはは、たのしいね!」

少年はそんな状況を心から楽しんでいた
そして、少年は破岩を掴み、バキンッ!と破岩の刃部分を折る
破壊不能とされているアーティファクト武器を
少年は割り箸でも折るように簡単に折ってしまった

「チィッ!」

シャチは破岩を引き、ナックル部分で全力で少年を殴った
だが、その一撃は少年の左手で受け止められる

「おじさんはあの竜人と同じくらい強いんだね、たのしいよ」

少年が何を言っているのか理解できないが、心底楽しんでいるのは伝わってくる
こちらは楽しむ余裕など一切ないのだがな・・・
シャチは再び心の中で愚痴をこぼした

掴まれた右手が動かない事を確認したシャチは
そのまま左のローキックを少年へとくらわす
もろに入った蹴りにより、少年の身体は双子岩の残った方へと吹き飛んで行った

ドゴオオオオオオオンッ!!

再び瓦礫の山が作り出される
双子岩と呼ばれた2つの巨大な一枚岩は跡形も無く姿を消していた

「グルルルル・・・・」

シャチは徐々に自我が薄れていくのを感じていた
それほど長時間この状態は維持できないだろう
ヒミカを逃がす時間もある、そろそろケリをつけないとマズイか・・・
シャチは決意し、しゃがみ込む・・・そして、両手を地面についた

獣化の本当の力が発揮されるのはここからだ
四足歩行、獣であったワータイガーの本来の移動方法は四足なのだ
破岩を捨て、まさに獣と化したシャチは土煙の上がる双子岩だった方を見る
その時、バコッ!と岩が吹き飛び、少年が姿を現した

「ふふ、たのしいね」

やはり少年に傷や汚れは一切見当たらない
瓦礫に埋まった事など"無かった"かのように普通に立っていた

「そろそろボクからも行くね」

少年は笑顔で瓦礫の上からシャチを見下ろす
刹那、少年の姿は消えた
だが、今回はシャチには見えていた
少年は1歩踏み出すとまるで異次元にでも入っていくかのように姿が消えてゆく
そして自分の背後に少年の手や足が現れ、全身が現れる
超感覚を手に入れたシャチには全て見ているように把握できた
やはり瞬間移動の類か・・・ならば!

シャチは身体を向けず、そのまま後ろ蹴りを入れる
ドゴォッ!という空気が爆発するような音と共に少年の腹部へと蹴りはめり込む
だが、少年は顔色一つ変えず、シャチの足を両手で掴んだ
そのままぶんぶんと振り回し、シャチの巨体が空中を舞う
パッと手を離す事により、シャチの身体は勢いよく吹き飛んで行った
しかし、今のシャチにこの程度の受身が取れない訳はない
即座に体勢を立て直し、着地すると・・・そこには既に少年がいた

「ヌゥッ!」

少年の蹴りが放たれる、その速度は今までの比ではない
超感覚を手に入れたシャチですら見えるかどうかの高速の蹴りを
もろに受けたシャチは200メートル以上も吹き飛び
木々をなぎ倒しながら、深い森の中へと消えて行った

「あ、やりすぎたかな?」

少年はどうしようと困った感じで言う
うーんうーん、と悩みながら少年は森の方へとゆっくりと歩いて行った

シャチは数十という大木をなぎ倒し
ある1本の巨木にめり込むように止まっていた

「ゴフッ・・・」

口からは大量の血が溢れる
蹴りは胴体にもろに入り、肋や内蔵はぐちゃぐちゃになっていた
もうこの傷では獣化が止まろうと助からないだろう
そんな考えが頭をよぎるが、止める手段の無い事を考えても意味がない
ならば、持てる力の全てを使い、少年をヒミカから引き離し
一気にヒミカの元へと走り、逃げる・・・それしかあるまい

考えがまとまったシャチは再び四足で大地へと立つ
感覚を研ぎ澄まし、こちらへ向かってくる少年を見つけると
両手足で思いっ切り地面を蹴った
その早さはもはや生物の限界を遥かに超えている
"神の領域"・・・それに踏み込んだシャチは一直線に少年へと向かった
彼の走った後には超音速による衝撃波が発生する
草木は吹き飛び、上空20メートルにも到達していた

シャチの気配を感知した少年は驚いた
あの一撃で壊れないんだ!と
それと同時に少年は嬉しかった、まだこの"遊び"が続けられる、と


だが、少年は神獣と化した男を甘く見すぎていた


肉眼で捉える事ができないレベルの速度でシャチは走り
少年との距離を一気に詰める
シャチは少年の30メートル手前で止まり、唸る

「わー!すごいよおじさん!すごいすごい!」

少年ははしゃぎ回り、バンザイでもする勢いだ

「グルルルル・・・・」

「あは!どこまで見せてくれるの?はやくはやく!」

少年は両手を広げてシャチに来いと合図を出す
その瞬間、シャチの紅く染まった瞳がギンッ!と強い輝きを放った

『竜驤虎躍(りゅうじょうこやく)』

普段のシャチではない声が辺りに響いた
とても聞き取りにくい、低く重い声質だった

少年は気づく、自身の身体が一切動かない事を・・・

「な、なにこれ・・・」

かろうじて口と目だけは動くが
シャチの紅く光る瞳から目が離せないでいた

グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

シャチの雄叫びが響き、彼は少年に飛び掛かる
鋭い爪の一撃が、少年の右腕に振るわれた
身動きの取れない少年は久しぶりに"恐怖"というものを感じる

「ひっ」

シャチの一撃は少年の右腕を切断し、追撃は少年の左腕を切断する
この時、少年の両腕からは血などは一切出ていなかった

『虎尾春氷(こびしゅんぴょう)』

シャチが休む事なく次の技を発動する
彼の身体・・・筋肉が膨張していく
ミシミシと音が鳴り、ぶちぶちと血管が切れ、肉が裂ける

まずい!

この時、やっと少年は気がついた、自分がどんな存在を相手にしていたのかを・・・

『い、いやだあああああああああああっ!!』

少年が叫ぶと竜驤虎躍の拘束は解け、身体が動くようになる
切断された両腕をギロリと睨みつけると腕は浮き上がり
元あった場所へと瞬時に戻り、一瞬で再生する

そして、シャチの怒涛のラッシュが始まった
1撃1撃が、あのサタナキアの6枚の魔法障壁を簡単に破れる威力が込められている
ドゴッ!ドゴッ!バゴッ!
1撃1撃が放たれる度に衝撃波が発生するほどの拳
しかし、少年はその拳を何とかガードしていた

まずい!このままじゃまずい!
コイツはあの竜人どころじゃない!それを遥かに超えてる!

防戦一方になった少年は焦る

焦る?このボクが?・・・・くそ!くそ!くそ!何なんだ!!
ボクは遊びたかっただけなのに!!
嫌だ!嫌だ!もう嫌だっ!!

少年の純白の瞳から光が失われる
その瞬間、シャチは本能的に逃げそうになった
殺される、そうハッキリと分かったからだ
しかしシャチは逃げなかった、最大の力を込めて渾身の一撃を少年の腹部に入れる

ドゴォォォッ!!

少年の身体は後方へと吹き飛ばされる
300メートル以上は飛んだだろうか・・・遥か彼方で爆煙が上がる
それを見たシャチは踵を返し、超感覚でヒミカを探す
そして四足歩行のまま大地を蹴った



先程から遠くで激しい爆発音が聞こえる
シャチが戦ってる、ヒミカにはそれだけは分かっていた
だが、彼女は振り向く事なく深い森の中を駆けていた
すると、突如暴風が起こる

「キャッ!」

ヒミカが目を瞑り、風から顔を守るようにしていると
すぐ近くに何者かの気配を感じ、目を開いた

「大丈夫・・・カ・・・・ヒ・・ミカ・・・」

そこにいたのはシャチだった
だが彼の身体はそこら中の肉が裂け血が吹き出している
腹部は変形するほどへこんでおり、重傷なのが一目で分かるほどだ

「シャ、シャチ・・・大丈夫?」

「今ハ・・・逃ゲル・・・ゾ」

シャチはヒミカを抱き上げ、背に乗せる

「シッカリ・・・掴マッテイロ」

「ウ、ウン」

ぎゅっとシャチの背にしがみつき、ヒミカは顔を埋めた
刹那、凄まじい衝撃がヒミカを襲う
僅かに顔を上げて目を開くと、辺りの景色が有り得ない早さで変わっていた
大木があろうとシャチは止まらず
瞬時に木をなぎ倒しながら真っ直ぐ進んでいた

すごい・・・声には出さなかったがヒミカはシャチの本当の力に驚愕していた
今まで見ていた力など比べ物にならない力、圧倒的な力
この人が私の父様・・・ヒミカは再びシャチの背に顔を埋め、瞳を閉じた

どれほど走っただろうか
辺りの気温すら変わってきた頃、突然スピードが落ち始める
そして、シャチの身体はぐらりと揺らぎ、ヒミカは振り落とされる

ゴロゴロと転がって、やっと止まったヒミカはシャチを探す
すると、シャチは大木に引っかかるようにぐったりとしていた

「シャチッ!」

全身から来る痛みなど無視をして、シャチの元へと駆け寄る
すぐに回復魔法の詠唱をしようとすると、胸のペンダントから声が響く

・・・・無駄じゃ

「エ・・・?」

・・・無駄じゃて・・・その者はもう・・・

「朱雀オ爺チャン、何言ッテルノ?」

・・・・解っておるのじゃろう・・・お嬢ちゃんなら

「・・・ウウン、解ラナイヨ・・・・・・・解ラナイヨ・・・」

ヒミカはシャチの胸に手を当て全てを悟る
彼女の耳は垂れ、尻尾も力無く下がり、ぷるぷると震え出す

「嘘・・・・嘘ダヨ・・・」

・・・・・

「嘘ダヨネ?・・・シャチッ!」

・・・・・お嬢ちゃん・・・

「嘘ダモン!シャチガ死ヌハズ無イモンッ!」

ヒミカはレンウから教わった巫女の回復魔法の詠唱を始める

・・・・無理なんじゃよ・・・・お嬢ちゃん

『ウルサイッ!朱雀オ爺チャンハ黙ッテテッ!』

・・・・・

しかし、ヒミカの治療も虚しく、シャチの眼は開く事はなかった



この日、神の領域に踏み込んだ男
ワータイガーの歴史上最高の英雄の命の炎は消えた
そして、ヒミカは本当の意味で一人となった


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