2016_06
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(Wed)18:11

番外編 第1話

オリジナル小説 『カタクリズム』
番外編 第1話 【邂逅】 其の一

今回は本編には出てこないキャラが出てきます。
ある小さな村でのお話です。
短編になると思いますが、良かったらお楽しみください。

では続きを読むからどうぞー。








【邂逅】其の一






これは、ある男の物語である




山々に囲まれた窪地にある小さな農村"シディム"
人口僅か200人足らずのこの村には特産と言った物は無い
だが一年中天候が安定しており、自然の驚異からは縁遠い地だ
いくら土地が豊かであろうと自然災害が多い地域には暮らしてゆく事はできない
それから身を守る術が無いからである
そのため、この村に住む者達はこの地を離れず
静かにひっそりと慎ましい生活をしていた

村の大半の者は農家である
米、麦、根菜、葉菜、果実など、様々な物を作っている
これほど多様な作物が育つのは、災害の驚異が無いシディムだからこそだった

大人の男性の一部は狩りなどに出る事もある
この辺りには危険な魔獣もおらず、小動物が豊富にいるのだ
しかし、シディムの者達は必要以上に獲ろうとはしない
それはこの地に伝わる神話のためである

この地は神々の集う地
神々が酒を飲み、歌い、躍るための地
それがシディムと言われている

神々の地にいる生き物は神の供物である
生きるために狩る分にはいいが、それ以上は獲ってはならない
そういった風習があるのだ

恵まれた地、シディム
これほど環境の良い土地は滅多に無いだろう
なのに何故この地には200人ほどしか住んでいないのか
それには大きな理由があった
この地は高い山々に囲まれ、容易には近寄れない場所にあるためである

シディムは外界との接点をほとんど持っていない
年に1度、旅の行商人が訪れる程度で、それ以外の接点は無かった

だが、それは以前の話である
今、シディムには年に13~15回ほど人が訪れている
それは行商人などではない、ある一人の男だ

男の名はテンソン・クルアーンという

テンソンは近隣の国では知らぬ者がいないほど有名な男である
では何故彼が有名なのか、それは単純に強いからだ
彼は戦いで負けた事が1度足りとも無い
かの有名なアムリタの聖騎士、オエングス・オディナすら退けた事もあるという
しかし、テンソンはその力に傲る事なく
とても気さくな、明るい青年だった

栗色の髪を眼にかからない程度に切り揃えている
彫りの深い顔立ちの彼の眼は力強い、しかし強面ではなく
どちらかと言うと、おちゃらけたような男といった印象が強かった

背には身の丈近くある大剣がある
ミスリル製のそれは魔法が掛かっており、見た目ほどの重さは無い
彼はこの大剣1本で数多の戦いを1人で乗り越えてきたのだ

チェインシャツを着込み、その上にライトプレートを身につけている
防御力よりも動きやすさに重点を置いた装備だ




さて、今回の物語の主人公の説明も終えたので物語を進めよう
テンソンが何故この小さな農村に度々訪れるのか
まずはそこから始めよう・・・・




暖かさが山がかぶっていた白い笠を溶かし、草花が芽吹く
色とり取りの花が咲き乱れ、寂しかった景色は彩られる
季節は春を迎えていた

テンソンはヒッタイト国の外れにある街の依頼を受け、ある魔獣の討伐に来ている
魔獣の名はサイクロプス、一つ眼の巨人族だ
巨人と言っても3メートルほどであり、それほど大きいわけではない
と言っても人間からしたら遥かに大きのだが

サイクロプスとはラルアースにも存在する個体と同じものである
ラルアースの場合、サイクロプス1体なら2等級チームで簡単に倒せるだろう
2体ともなると2等級が2チームいた方が安定する、そういった感じの強さだ
以前、ハーフブリードはサイクロプス3体の討伐依頼を受けてもいた
彼等にとってサイクロプス3体など敵ではないからだ

だが、それはチームだからである

仮に個人ならどうだろうか
シルトなら多少は危険はあるが問題無く勝てるだろう
ならサラは?3体は厳しい戦いになるだろうが勝てなくはないだろう
ならジーンは?彼女ならおそらく余裕だろう・・・彼女は個にして軍だからだ
シャルルとラピに攻撃手段はほとんど無いので今回は除外しておこう

これでサイクロプスの強さは分かってもらえただろうか
さて、話を戻そう

高い山に挟まれた窪地にサイクロプスの群れが居座っている
時折、人里に現れ、人を喰らい、家畜を喰らう
そのため討伐依頼が出されたのだ

テンソンは快く依頼を受け、前金を手に食糧を買い込んだ
今はその買い込んだ食糧の中から1番の好物である
カリカリに揚げたカエルを食べているところだ
冷めてはいるが、香ばしい油の香りがまだ残っており
サクサクとした触感と、淡白なようで味わい深い肉が食欲をそそる

「んま、んま」

やっぱカエル揚げはヒッタイトのに限るな!
油を吸いやすい紙で包まれたカエル揚げを頬張りながら歩を進めていた
ごくんっと飲み込み、紙をくしゃっと丸めてポイっと捨てたテンソンは
口のまわりについた油を舌を這わせて舐めとり、鍛え上げられた腕で拭う
手についた油をズボンで拭き、背にある大剣に手を伸ばした

「かぁ~!食った食った!さ~て、いっちょやりますか~!」

彼の目の前にはサイクロプスの群れ、12体がこちらを睨んでいた

「1・2・3・・・・12か、1ダースってか、悪くねぇ」

ニヤリと歯を見せ笑ったテンソンはミスリルの大剣を一振すると
ブオンッ!という風を切る音がし、辺りの草花が剣圧で揺れる

『かかってこいや~!』

テンソンの大声が山々に木霊し、12個の瞳が襲い掛かった



1体目のサイクロプスは薄汚れた灰色の肌のはち切れんばかりの筋肉で
力任せに跳躍し、両手を組んだ叩きつけを勢いよく振るってくる
テンソンはそれを上体をひねるだけで交わし
すれ違い様に大剣を横に一閃する

『でぇりゃあああああああっ!』

サイクロプスの巨体が真っ二つになり、上半身はくるくると回転して宙を舞う
腹から飛び出た臓物がミスリルの大剣に引っかかり、垂れ下がる
それを一振して払い、再び剣圧で草花が揺れた
辺りがサイクロプスの血や臓物で汚れると、他の者の足が止まる

サイクロプスは魔物の中では馬鹿な方ではない
この敵が強いと瞬時に理解したのだ
そのため、距離を取り、隙を伺っているのだ
だが、テンソンは大剣を肩に担ぎ、片手で「来い」と挑発をする

もう一度言う、サイクロプスは魔物の中では馬鹿な方ではない

挑発というものを理解しているのだ
だからこそテンソンは挑発をしたのである
サイクロプス達は一斉に動き出し、テンソンへと迫る
それに対し、彼は大剣を上段に大きく振りかぶり迎え討つ

ブオンッ!

一刀両断、まさに一刀両断だ
サイクロプスの3メートル近くある身体は縦一直線に両断される
その勢いで大剣は大地にめり込むが、両断されたサイクロプスの後ろには別の奴がいた
テンソンはそのまま大剣を軸に弧を描くように跳躍する
そして身体が頂点に達した時に大剣を引き抜き、一気に振り下ろした

一刀両断

再びサイクロプスが縦に真っ二つに両断される
今度は左に1、右に2体が同時に迫っていた

『どぉりゃああああああああああっ!!』

横一閃、左のサイクロプスの上半身と下半身が別れを告げるとほぼ同時に
右の2体のサイクロプスもまた上半身と下半身がその繋がりを立ち、自由になる
3体のサイクロプスの上半身がくるくると回転しながら吹き飛び
血や臓物を撒き散らしながら大地へと落ちる

「ふぅ~・・・・」

呼吸を整えながら辺りを確認するテンソンに
無闇に飛び込む馬鹿なサイクロプスはもういなかった

たった4振りで6体のサイクロプスは肉塊と化している
鬼神のごとき強さ、これがテンソン・クルアーンという男だ

残った6体のサイクロプス達は辺りの大木を引き抜き、武器にする
再度言おう、サイクロプスは馬鹿ではない
武器を使うという事も知っているのだ

「おいおい、そんなもんでどうにかなると思ってんのかよ」

テンソンは呆れ、肩をすくめる
随分と舐められたもんだ、とため息を1つ吐き出し
彼は1番端にいるサイクロプス目掛けて走り出した

慌てて両手に握る大木を横に振るう
だがテンソンはそれをジャンプしてかわしながら
大剣を斜めに振り下ろし、サイクロプスの身体を両断する
着地と同時にその勢いは殺さず、テンソンは回転し
そのまま隣にいるサイクロプスへと右下段から左上段へと斬り上げを放ち
大木もろともその肉体を両断し、肉片は吹き飛んでゆく

テンソンはこの程度では止まらない

すぐに次の目標へと駆け出し、大剣を振るい続ける

「9・・・10・・・11っ!」

あっという間に3体を倒し、少し離れた位置にいる最後の1体へと目を向ける
最後の1体であるサイクロプスは恐れ、逃げ出そうとしていた

『逃がすかよっ!うぉりゃあああああっ!』

テンソンは自身の大剣を勢いよく投げつける
それは逃げようとしていたサイクロプスの背に刺さり
大剣を追うよにして走ってきたテンソンは大剣を握り、そして一気に振り上げる
腹から頭までが真っ二つになり、最後の1体もまた絶命した

ブオンッ!

血肉で汚れた大剣を一振し、それを払い
背中にある留め具に大剣を引っ掛け、大きく息を吐き出した

「ふぅ~、終わった終わった、これがな」

辺りには血や臓物が撒き散らされ、独特な臭いが立ち込めている

「くっせぇな~」

鼻を摘みながら血によってぬかるんだ地面を歩き帰ろうとすると
どこかで声のようなものが聞こえた気がした

「ん?」

念入りに辺りを見渡す・・・すると、1本の大木に1人の男が縛られていた

「おい、おっちゃん大丈夫か」

「・・・うっ・・助け・・・」

「今降ろしてやるからな」

男を縛っていたツタを切り、降ろしてやる
男は40半ばくらいだろうか、酷くやつれている
水と残っていたカエル揚げを渡すと一心不乱でそれらを貪り
男はみるみる内に顔に生気が戻ってゆく

「・・・・あ、ありがとう・・・こ、これを君一人でやったのか」

「あぁ、まぁな」

「す、すごいな・・・」

男は辺りを見渡す、そこにはサイクロプスだった肉塊が飛び散っていた
この一角だけ赤黒い色に変色しており、独特な臭いも相まって
まるで別世界のようにも見えた

「おっちゃんはなんでこんな所に?」

「あぁ・・・森で野ウサギを追っていたら捕まってしまって・・・」

「っかし、こんな山奥までよく来れたな」

「この辺りはこんな魔物などいなかったんだよ
 それに、私は君の思っている方向とは逆から来ているよ」

「逆?そっちに街なんかあったか?」

この辺りの地理は詳しい方ではないが街くらいは把握している
だが、テンソンの記憶にその方角に街など無いのだ

「あぁ・・・君には命を助けられた、村まで案内しよう」

「お、おう」

本当はもう帰る予定だったんだけど、まぁいっか
カエル揚げもあげちったしな、食糧補充したら帰ろう

それから二人は三刻ほど歩き、シディム村へと到着する
村の入口には村人が数人立っており、男を見た村人が大声を上げている
道中で聞いてはいたが、男は数日行方不明だったらしい

この村はよそ者を嫌う傾向が強いと聞いた
理由を尋ねると、この村はとても豊かで穏やかな場所だから
知られれば無法者が襲いに来るかもしれないからだそうだ
そのため、年に1度訪れる行商人も1人だけしかおらず
この村の事は口外してはならないという契約を結んでいるらしい
ならばテンソンは招かねざる客なのでは?とも思ったのだが
それは男がキッパリと否定していた
命の恩人を追い出すような村ではない、と

テンソンは男に案内され、村の中を進んでいる
辺りを見ても特に変わった村ではなく、どこにでもあるような農村だ
違いがあるとすれば、そこら中に農作物が置いてある事か
まだ春が訪れたばかりのこの季節でこれだけの量を確保出来ている
それは昨年が相当な豊作だった証だろう
こりゃ美味いもん手に入りそうだな
そんな事を考えながらテンソンは男の後を着いて行く
男に案内されたのはこの村で一番大きな家だった

「村長、今戻りました」

「おぉ!無事であったか!良かった良かった!・・・そちらの御仁は?」

「私を助けてくださった方です」

「おぉ!それはそれは!これ、はよ宴の準備をせいっ!」

村長と呼ばれたふくよかな初老の男が出迎え
村長は妻と思われる初老の女性に宴の準備をさせる
あれよあれよとテンソンは宴の席へと連れて行かれた

こんなはずじゃなかったんだがなぁ・・・まぁいっか
1日や2日報告が遅れても問題無いだろ
テンソンは振舞われた酒や豪華な料理の数々を胃袋にしまいながら
村人たちとの楽しい一時を送っていた


そこでテンソンは運命の出会いを果たす


ポロっと頬張っていた肉を落とし
空になった酒瓶を片付け、新しい酒を持って来た女性に眼は釘付けになった
女性の年齢は10代後半から20歳といったところだろうか
テンソンと同じ栗色の髪は胸辺りまであり
深い森のような緑の大きな瞳でテンソンを見て、優しく微笑んでいた

何かに撃ち抜かれたような感覚がテンソンを貫く
頭が真っ白になり、何も考えられなくなり、彼女から眼が離せないでいた

「あはは、どうしたんですか、そんな顔で私を見て、何かついてます?」

「え・・・あ、はい・・・美しい顔が・・・」

「あはは、からかってもダ~メ、旅の人は上手いんだから~」

そう言って彼女は酒を置いて去ってしまった
だが、テンソンは彼女の後ろ姿からも眼が離せない

彼女は農家の娘が着ている一般的な服を身に纏っている
少しゆったりとした作りで、首回りは大きく開いており
鎖骨から胸の上部が露出している
彼女の胸はとても大きく、今にもこぼれそうなほどだった
腰にはコルセットが巻かれており、スレンダーな彼女の体型を引き立たせている
コルセットから下はふわりと広がったロングスカートを履いており
地面すれすれまであるスカートからチラリと見える足首は細く
それはとても綺麗なものだった

テンソンは彼女の表情、仕草、髪、手、足、全てに釘付けになった

「おんやぁ?テンソンさん、スピカに惚れちまったのけ?」

「ス、ス、スピカさんとおっしゃるのですか」

「そうだぁ、この村一番のべっぴんだとけども、あん子は誰にも振り向かんぞ」

「スピカさん・・・・名前まで美しい・・・」

酔っ払いの村人の言葉などもはや頭には入って来ない
"スピカ"その名だけが彼の頭を駆け巡る

生まれて初めて人を好きになった
まさかそれが一瞬で訪れると誰が想像出来ようか
テンソンはずっと剣に生き、力だけを求めて生きてきた
女に興味はなく、むしろ邪魔だとすら思っていた事もある
非力な存在に興味など無かったからだ
だが、どうだこれは、いざ好きになってしまうと
そんな事はどうでもよくなってくる
愛おしい、狂おしいほど愛おしい、そんな感情が激流のように襲って来るのだ

先程の会話とも言えない会話が何度も何度もリフレインする
見た目に合った声もまた美しく、思い出しては顔がニヤけてしまう

「な、なぁ!」

テンソンが隣にいた酔っ払いの村人の両肩を持ち
顔をずずずっと近寄らせてから頬を染めてぼそっと言う

「ス・・・さん・・・・・は・・いるのだろうか・・・」

「は?」

「ス、スピカさんに男はいるのだろうか!」

「いねぇいねぇ、あん子は誰にも振り向かんと言っただろうに」

「そうなのか!そうかそうか!そうかー!」

テンソンは立ち上がり、うおおおおおお!と雄叫びを上げる
そして新しく用意された酒瓶を一気に飲み干し、辺りをキョロキョロと見渡した
目的の人物、スピカを見つけ、猛ダッシュで彼女の元へと走る

『酒が切れましたっ!』

突如背後から大声が聞こえ、ビクッとなったスピカが振り向くと
そこには空になった酒瓶を手に持つテンソンの姿があった

「え?も、もう切れたんですか?」

「はい!」

新しく用意した酒瓶は大人3人が飲んでも十分な量だったはずだ
それをこの短時間で・・・?不思議に思いながら新しい酒を用意すると
後ろからただならぬ気配を感じる
チラッと後ろへと目をやると、テンソンが身を乗り出して
様々な角度からスピカを見ていた

「えっと・・・・なんでしょうか?」

「え!?あ!はい!いい夜ですね!」

「は?・・・はぁ」

スピカは空に目をやるがそんなに良い天気でもない
星空は雲で隠れ、明日辺りは雨になるかもしれないと思える天気だった

「俺、テンソン・クルアーンって言います!」

酔っ払っているのか顔を真っ赤にして姿勢を正して言う彼が面白くて
スピカは小さく笑いながら答える

「ふふ、私はスピカ、ただのスピカです」




こうして二人は出逢い、テンソンは恋に落ちた
その後、テンソンは仕事が終わる度にシディム村を訪れている
険しい山道を4日近く掛かるはずなのだが、彼は毎月必ず来るのだ

テンソンの仕事はラルアースで言うところの冒険者に近い
この世界では"傭兵"と呼ばれているそれを生業としており
魔物や魔獣の討伐、時には戦争へ派遣もされる
彼はそんな仕事を終えると大量の食糧を買い込み、シディムを目指すのだ
スピカに会う、それだけのために

「スピカさ~ん!」

シディムを訪れたテンソンは村にある唯一の飲食店
"はらぺこ達のテーブル亭"に一直線に向かう
この店の看板娘がスピカだからだ

「まぁ、テンソンさん、いらっしゃい」

「はい!いらっしゃいました!」

「あはは、かけてください、今お水を持ってきますね」

元気一杯なテンソンに微笑み、スピカは店の奥へと行く
その後ろ姿をうっとりとした目で見つめ
テンソンは早くスピカが来ないかと落ち着きのない様子で座っていた

この頃には既に村の誰もがテンソンのスピカに向ける好意に気づいていた
だが、肝心のスピカは気がついていなく、テンソンの想いはまだ伝わっていない

これはスピカが極度の天然だからだ
彼女は自身に向けられる好意というものが理解できないのである
いや、好意自体は解るのだ、しかし、色恋での好意が解らないのである
そのため、彼女に好意を寄せる男達は告白する前に玉砕するという
なんとも不思議な状態が続いていた

しかし、テンソンは諦めない男だ
何度もアプローチをかけてはナチュラルに断られ続けるが
彼はシディムに通い、来る度にスピカをデートに誘う
スピカは「仕事があるから」と毎度断るのだが
それでも彼は諦めず誘い続けていた

「はい、お水・・今日は何にするの?」

スピカが水をテーブルに置き、お盆を胸に抱えて聞いてくる

「今日は、野ウサギのステーキとライ麦パン、それと果実酒で」

「は~い、今日はいいウサギが入ったからオススメよ♪」

スピカがテンソンにウィンクすると
まるで矢にでも射抜かれたように胸を押さえてうずくまる
はぁはぁと荒い息を整えて、テンソンは顔を上げる
すると、スピカが可愛らしい笑顔で笑っていた

「大げさなんだから~、そんなにウサギステーキが好きなの?」

「え、あ、いや・・・君の笑顔が・・・」

「うん?・・・待っててね、すぐ作るから」

よく解らないと言った顔でスピカは厨房へと声をかける
テンソンの注文を伝え、彼女はテンソンのテーブルへと戻って来た

「テンソンさん、今回はどのくらいいるの?」

「3日だな、もうすぐ戦争があるみたいでよ」

「戦争・・・」

スピカの表情が一気に曇る
慌てたテンソンはすぐに話題を変えた

「ス、スピカさん、この後二人で出かけませんか」

「どちらへ?」

「えっと・・・散歩・・的な?」

「ふふ、いいですよ」

「ですよね、ダメですよね・・・・って、はぁ!?」

全く予想していなかった答えが返ってきた
この1年と11ヶ月、1度も受けてもらえなかったデートの誘いは呆気なく承諾された

「どうしたんですか?大声なんて出しちゃって」

「いや、その・・・いいんっすか?」

「なにがです?」

きょとんとした顔でスピカは聞いてくる

「一緒に散歩行ってくれるんっすか?」

「いいですよ?」

「・・・・・・・・・った・・・」

「うん?」

テンソンの声が上手く聞き取れず、聞きなおすと
突如テンソンは立ち上がり、両手を上げて叫んだ

『やったああああああああああああああああああああああああっ!!』

その姿が面白くて、スピカはお腹に手を当てて笑っていた
この時、店にいた誰もがスピカが誘いを受けた事に驚き
皆が祝福してくれていた

その後、食事を終えたテンソンは、スピカの仕事が終えるのを席で待っている
日が落ち始めた頃、エプロンを外したスピカが店の奥から出てきた
バッ!と席から立ち上がり、姿勢を正して待ち構えるテンソンに
スピカは笑いながら近寄って来る

「あはは、そんなかしこまらないでください」

「は、ひゃいっ!」

声が裏返り、テンソンの顔は真っ赤に染まる
そんな彼の姿にスピカは「お腹痛い~」と涙目で笑っていた

それから二人は他愛ない会話をしながらただ村の周りを散歩した
その何でもない時間がテンソンには特別な時間であり
天にも昇るような気分だった

夕日が空を真っ赤に燃やし、徐々に空が紫色に変わる頃
二人は1本の木の下で並んで座っていた
テンソンの心臓はバクバクと脈打ち、今にも張り裂けそうだ
だが、スピカの表情は穏やかで、ここではない何かを見ているようでもあった
そんな表情が気になり、テンソンは聞いてみる

「どうかしたのか」

「ううん・・・ちょっと怖くなって」

「怖い?何がだ?」

顔を伏せたスピカは黙り込む
二人の間にしばし沈黙が流れた

「・・・・・テンソンさん、戦争に行くんでしょ?」

「おう」

「生きて返って来れないかも知れないじゃない」

「ははっ!そんな事か、大丈夫、俺は強いから」

テンソンが力こぶを作って見せ、ニカっと歯を出して笑った
しかしスピカの表情は暗いままだった・・・

「テンソンさんが強いのは知ってます
 でも、万が一があるじゃないですか、やっぱり怖いです」

「・・・・なら約束させてくれ」

テンソンの表情が真剣なものへと変わり、スピカを真っ直ぐ見つめる

「約束?」

スピカは上目遣いでテンソンを見て、その真剣な顔に少しだけドキっとした

「あぁ、俺が戻ったら君伝えたい事がある
 それを言うまでは絶対に死なないと約束する、それじゃダメか?」

「・・・・わかりました」

スピカの瞳は少しだけ潤んでおり、その表情は少しだけ悲しげなものだった

「約束ですよ?」

「おう!」

テンソンは再び笑顔になり、スピカも釣られて笑顔になった






5日後、ヒッタイト国とアムリタ国の戦争が開戦する
しかし、アムリタの圧倒的な死者の軍勢を前に無条件降伏をし
ヒッタイトは事実上アムリタの属国と化したのだった

戦争は僅か数日で終わり、テンソンの出番は無かった
この戦争、無血で終わったとの噂もある
それほどまでに圧倒的な数の死者の軍団がヒッタイトに押し寄せたのだ

テンソンは街に戻り、旅の支度を始める
想いを伝えるため、約束を果たすため、彼女に会うため
シディムへと向かう足はいつもより早くなるのだった


そして、テンソンがシディムに通い始めて2年という年月が経つ頃
誰もが想像もしていなかった事件が起こる



それは・・・"神"との邂逅だった




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