2017_02
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(Mon)18:50

4章 第10話

オリジナル小説 『カタクリズム』
4章 第10話 【人生】

さぁ、戦争も終盤に突入ですね。
ここからどうなるのか、お楽しみくださいませ。

では続きを読むからどうぞー。








【人生】





日が傾き始める頃
砂漠にある1つのオアシスをめぐり二つの国が争っていた
戦いは激化し、戦死者は2万を超える泥仕合と化している
犠牲者の大半がヒッタイト軍だが、今はメンフィス軍が圧倒されていた

現在の兵力
ヒッタイト33000、メンフィス15000

未だ倍以上の差があり、しかも傭兵と民兵という決定的な違いがある
更にメンフィスは頼みの綱であるヒッポグリフ隊は壊滅状態だ

もはや結果は見え始めていた
だが、乱戦の中にいる彼等にその戦況を知る術はない
目の前の敵に集中しなくては一瞬で死を与えられるからだ

徐々に影が伸び、後1時間もしない内に空は茜色に染まるだろう
この戦いが始まってから何時間経ったのだろうか
腹部から来る鈍痛と、胸を駆け上がってくる嘔吐感に襲われながら彼は思う

「おぇ・・・はぁ、はぁ・・・」

この嘔吐感により余計な体力を消耗し続けている
呼吸が乱れるという事は一気に体力を削ってゆくのだ
そして腹部からくる鈍痛により動きは鈍くなり
冷や汗が溢れる事により軽い脱水症状すら表れていた

「随分辛そうですね、無理せず引いたら如何ですか」

対面する金髪碧眼の隻腕の剣士が言う
彼の名はエイン・トール・ヴァンレン
低級貴族の次男として生を受けた彼は幼少期にある事件に巻き込まれる
それは野盗の類が貴族の馬車を襲った事件である
よくある話、そう・・・よくある話なのだ


幼かったエインは何も出来ず、従者は殺され、残るは彼一人だった
しかし、そこに1人の英雄が現れる
どこからともなく現れた彼は野盗を次々に倒し
エインに優しく微笑んで手を差し伸べたのだ

その姿はエインにとって紛れもない英雄そのものだった

自分もそうなりたい、その想いから彼は剣を取った
厳しい稽古や修行を経て、15歳で初陣を経験する
それはとても小さな小競り合い程度の戦争だった
だが、彼は一生懸命戦った、恐怖を振り払うように剣を振るった
その結果、彼は勲章を受章する戦績を挙げていた

その後の彼は自ら戦争に志願し、絶えず最前線にいた
それは"人々を守りたい"というただ1つの想いからだ
戦う事で救える命がある、そう信じて彼は戦い続けた

彼を戦場で見た者がつけた名が"疾雷のエイン"である
疾風のごとく駆け、雷のごとき突きを放つ
それは敵ならば恐怖し、見たら逃げろと言われ
味方からは頼りにされていた

そんな彼は大量の戦果を挙げ、本来なら爵位を貰えるほどだった
しかし、彼はそれを断り、ひたすら戦場を駆け続けた

そんなある日、彼は1つの重大な任務を与えられる
死の概念を取り戻す旅の始まりである
長い長い旅を終え、彼は右腕と左手の親指以外の指を失った

剣を握れなくなった彼は絶望などしなかった
どこかほっとしたような、そんな気分さえあったのだ
リリムに頼る生活は心苦しかったが、彼女との誓いだけは守りたかった
剣が握れなくとも彼女を守る、それが彼の決意だった

だが、ミラに現実を突きつけられ、彼は始めて絶望した
そして欲した、力を、腕を

ミラの尽力により彼は失った右腕を銀の腕という形で取り戻す
銀の腕、現代の技術で作られた唯一無二のアーティファクト
オリハルコンを主材とし、足りない部分はミスリルで出来ている
3人の巫女による魔法が施された奇跡の一品だ

銀の腕を手に入れ、左手の指は生の巫女ヒミカに再生してもらい
彼は腕を失う以前より遥かに強くなっていた

神の啓示を受け、新世界へと旅に出る
そこで待ち受けていた戦いに勝利し、彼は神により勇者に選ばれる
だが、それはあくまで候補なだけなのだ
与えられた試練をこなさなくてはならない

そのため訪れた地、ヒッタイト国
水の巫女から厳しい言葉をぶつけられ、彼は立ち上がった
この国を自分の力で守ってみせる・・・と


「病人は労わるもんだぞ・・・うっぷ」

吐き気により一瞬意識が逸れた瞬間を彼は見逃さない
疾雷の名の通りの鋭く研ぎ澄まされた突きを放つ
だが、彼の対面している者もまた異名を持つほどの剣士だ

彼の名はシルト、それ以上でも以下でもない
彼の生まれを知る者はもはや誰一人いない

戦場の一角で彼は生を受けた
二度と動かぬ母から這い出た赤子の彼はある男に拾われる
男の単なる気まぐれのようなものだった
ある程度育ったら売っぱらおう、そう思っていた

だが、野盗だったその男はラーズ軍によって殺される
たった4歳で再び親を失ったシルトは死に物狂いで生にしがみつく
物を盗み、戦場で死体を漁る、そんな日々が続いていた

そして、彼は手に入れる
折れ曲がった剣と、あちこちがへこんだ盾を

それは売り物にはならず、彼はそれを使う術を学んだ
戦場で戦う男達やラーズ軍の稽古や冒険者達を観察し
見よう見まねで体格に合わない剣と盾を操り、必死に特訓した

ある日、スラム街を歩いていた幼い彼は醜い酔っ払いに襲われる
170センチはある男の腰には40センチを超える鉈が下がっている
まだ6歳だったシルトに何ができようか?
否、彼には出来てしまった

男の手をかわし、腰の鉈をするりと奪い、膝の裏を斬る
激痛により立てなくなった男の喉を突き刺し、彼は初めて人を殺した
だが、思ったより心は動かず、彼はある種の自信を得る

すぐに冒険者になり、何でも依頼はこなした
そんな日々があっという間に過ぎ去り、彼は18歳になる
数名でチームを組んだりもしたが上手く馴染めず転々としていた
そんなある日、彼は気の合う仲間と出会い、スラウトというチームを結成する

彼等は難易度の高い沢山の依頼をこなし、徐々に名も広がっていった
そんな頃に聞いた噂を頼りにアーティファクトを求めてある遺跡に向かう
"王の墓"難易度ゴールドに認定される事になる遺跡だ
そこで彼は最高と思えた仲間を全員失う事となった

それからの彼は一匹狼になる、誰とも深く関わろうとせず
まるで死に場所を求めるように一人で依頼をこなし続けた

いつもの様に仕事を終えた彼がラーズの街を歩いていると
1人の半亜人、ハーフキャットである少女と出会う
少女は酔っ払いに絡まれており、幼かった頃の自分とダブって見えた

単なる気まぐれのようなものだ、彼は少女を助けた
いや、気まぐれというのは誤解を招くだろうか
彼は人を助けるのが趣味みたいなものなのだ

この少女との出会いが彼の運命を変える
二人のハーフキャットの少女達と関わっていく内に
いつしか彼は閉ざしていた心を開いていた

そして"ハーフブリード"というチームを結成する
天使にも悪魔にもなれない存在、中途半端なあぶれ者
そんな意味が込められたチーム名だった

ハーフブリードとして数々の依頼をこなし
彼等は冒険者最高位である一等級となる
彼の人生は一転し、大変だが幸せな日々が続いていた

その幸せは彼自身が掴み取ってきたものだ
そして、今の彼はその幸せを溢しそうになっている
彼女達には経験させたくなかった誰もがいつ死んでもおかしくない場所、戦場

だが、彼は諦めてなどいない
体調が優れなく、思うように戦えないが
彼女達を守るため、自身の身体に鞭を打つ


キンッ!ギギギギギギッ

シルトの常闇の盾がエインの鋭い突きを防ぐ
つばぜり合いのように押し合うがピクリとも動く気配はない
"不動のシルト"の異名は伊達ではなかった
瞬時にエインが飛び退くと同時にシルトは姿勢を低くし構えた
その体勢から放たれる鋭い突き、それはまるで・・・

「っ!」

砂に足を取られ間一髪で突きを回避する
シルトが放った低姿勢からの鋭い一直線の突き
その動きには見覚えがある、エインが何度も何度も練習し
ほんの僅かでも一瞬でも早く、鋭く、研ぎ澄ましていった突き
自身の唯一の技とも言えるその突きを目の前の男は放った

「チッ、思ったより初速が出なかったな」

シルトは不満そうに構えなおす

「それは・・・俺の真似ですか」

自分が何年も鍛え上げてきた突きを真似され彼は苛立っていた

「案外、様になってただろ?」

案外なんて生易しいレベルではない
完全ではないとは言え、ほぼ再現していた
エインがあの突きに到達するまでに何度挫折を味わった事か
だが諦めず試行錯誤し、鍛錬して会得した技なのだ
それを見ただけで真似てくるこの男に腹が立ち
同時に戦慄していた・・・底の見えない彼の実力に

「猿真似じゃ俺の突きには勝てませんよ」

苛立ちからそんな言葉を吐き出すと
シルトは薄ら笑いを浮かべながら言う

「楽器ってのはどんな名器でも使い手次第では雑音になり
 逆にどんな粗悪品でも使い手次第では心を揺さぶる名曲を奏でる
 ま、そういうこった」

言い終えた彼は自信に満ちた笑みを浮かべていた

「・・・俺より上手く使える、そう言いたいのですね」

風斬りの長剣を握る手が震える、それは怒りからだ
人生の大半を費やして鍛え上げてきたものを否定されたようなものだ
これほどの侮辱があるだろうか

「さぁ、どうだろうな」

とぼけるような仕草をしてから真剣な表情に変わり構える
それが「おしゃべりはここまでだ」そう言っているようだった

こみ上げる苛立ちを抑え、冷静にならなくてはいけない
そうしなくては勝てない相手なのだから
だが、先程の言葉が脳裏をよぎり、腹の底が熱くなってゆく
そこでエインは気づく・・・・

「1つ分かった事があります」

「ん?」

「俺は、貴方が嫌いです」

「ぷっ、何言い出してんの」

シルトが軽く吹き出し、バカにするような目を向けてくる
そうだ、自分はこの男、シルトが嫌いなのだ
その強さには憧れすらする、だが人として、剣士として好きになれないのだ
彼を嫌いという事実に気づいたエインは妙に心が落ち着いてゆくのを感じる

「本物の突きを見せてやりますよ」

そう言い剣を右手に持ち替えるエインの表情には自信が見てとれた
空気が変わったことを察知したシルトは気を引き締める

体調が優れない現状でまともに彼を相手していても時間を食ってしまう
そうなればサラやシャルルに危険が迫るかもしれない
それだけは避けたい、早くこの場を突破したいのだ
だからあえて挑発して隙を突く作戦だったのだが失敗したらしい

いや、むしろ逆効果になってしまったと言えるだろう

くそっ、こうなったら"あれ"しかないか・・・
シルトは不敵な笑みを浮かべ常闇の盾を構え、剣を隠すように構えた

・・・・・

・・・



その頃、サラ・ヘレネスはドラスリア騎士団の二人と対峙していた
彼女の素早い動きが捉えられず、アシュとプララーは苦戦している
だが、二人が縦に並び、サラの視界からはアシュの姿が消えた
回復役であるプララーが前に立つなど愚策とも言えるが
これは長身で身体能力の高いプララーだからこそ出来る戦法だった

そして、プララーがサラ目掛けて走り出す
相手の出方が判らないサラは防御に徹し、隙を見つける作戦に切り替える
砂に足を取られるこの状況ではそれほどスピードは出ない
後手に回ろうと対処できる、そう判断したのだ

プララーの長い足による前蹴りが放たれる
盾を少し斜めに構え、衝撃は横へと受け流す
それによりプララーは前のめりになり、バランスを崩していた

今だ!

サラ戦闘

隙を見逃さなかったサラはプララーの重心の掛かっている右足首を狙う
右手にあるダマスカス鋼で出来た魔法剣を振りかぶった時、サラは気づく
プララーは体勢が崩れたのではなかった、後ろにいるアシュに道を作ったのだ
アシュがプララーの後方からジャンプするように現れ、サラの頭上から鋭い突きを放つ
間に合わないっ!・・・そう思った彼女は無意識で大地を力強く蹴る

ボフッ!!

砂煙が上がり、視界は遮られ、アシュとプララーは彼女を見失う
風が砂煙を払うと彼等の目の前の砂には窪みが出来ており、彼女の姿は無かった
だが、すぐに彼女の姿は視界に入る、片膝をついた状態で真正面にいたからだ

「・・・ちょっと待てよ、この足場だぞ、どうなってやがんだよ」

アシュのそんな愚痴が溢れる

「一蹴りであそこまで下がったって事かしらね、嫌んなっちゃうわ」

プララーの見つめる先、サラの位置は二人から12メートルほど離れている
彼女の手前の砂が3メートルほどえぐれているので
おそらく9メートル近い距離を一蹴りで移動した事になる

その脚力は人間のそれではない

これはサラの履いているブーツ、アーティファクト装備の効果によるものだ
双角獣(バイコーン)の革で出来たブーツには風の魔法が掛かっており
装備者のスピードを大幅に引き上げる優れものである

「っとっとっと・・・砂で良かった」

サラは足を痛めていないか心配したが、足場が柔らかかった事が幸いした
普段ほどスピードは出ないが、足への負担が減っているので逆に使いやすい

サラが再び構えながらシルトの方へと一瞬だけ目をやると
彼はエインに足止めを食らっているようだった
そして、バテンが右腋から血を流しながらもこちらに向かってきている
二人もバテンに気づいたようで、プララーが急いで彼に駆け寄っている
治されたら厄介かも・・・そう考えたサラは大地を蹴る

ボフッ!

再び彼女の足元は炸裂し、砂煙が辺りを包む
その煙の中から淡いピンク色の髪が現れ、一直線にアシュへと迫っていた

『っしゃぁっ!!こいやっ!!』

アシュが叫びながら構えようとすると
それよりも早く、サラの一撃は彼の右足首をかすめてゆく

「ぐっ!」

強烈な痛みから立っていられないが
背後にいるであろう彼女に向けて闇雲に槍を振るうが
その頃にはサラは既にプララーに迫っており
彼女の作り出した砂煙だけを切っていた

『チィッ!!』

アシュが舌打ちのような声を洩らす時
サラの剣がプララーの左足首を捉えようとしていた

が、それは空を切る事になる

プララーはジャンプする事でそれを回避し、そのまま止まる事なく走り続ける
彼は読んでいたのだ、彼女が手首や足首を狙ってくる事を
たった数度の攻撃だが、彼女からは殺意というものが一切感じられない
いや、それ以上に彼女は致命傷となり得る部位を避けている
そのため、回避が容易だったのだ

「根源たる生の灯火よっ!」

プララーの右手に蒼い炎が宿る

「根源たる生の灯火よっ!!」

彼は詠唱を繰り返し、左手にも蒼い炎が宿った
その両手を合わせたままスピードを落とさず走り続ける

『団長っ!いくわよっ!!』

『来いっ!』

バテンが右手首を左手で持ち、無理矢理右腕を上へと上げる
そして、シルトに刺された傷口をプララーへと向けて待ち構えた

「させない」

サラが再び大地を蹴ろうとした時、アシュが槍を投げる
それは彼女の足元に刺さり、それに躓いた彼女は3回転ほどして止まる

『歯ぁ食いしばれぇっ!!』

プララーの普段とは違う野太い声が響き
蒼い炎の宿った両手をバテンの傷口へと押し当てられる

「んぐぅっ!!」

バテンから声にならない声が洩れるが、プララーは更に両手を強く押し当てる
そして、ゆっくりと炎は消え、プララーが手を放すと
バテンの傷口は綺麗に塞がっていた

「ぜぇぜぇ・・・た、助かった・・・」

バテンがプララーの背をバンッと1度叩き、歯を見せ笑う

「あんま無理しちゃダメよん?尻軽女みたいにすぐに開いちゃうんだから」

ウフフと笑いながらウインクをする彼を見てサラは思う
すごい・・・シャルルでもあんなに早く傷口は塞げなかった
彼女が関心しているが、実はこれには裏がある

プララーの行なった治療は応急処置でしかないのだ
シャルル達が施す治療は内部の傷も治すためのものだが
今彼がやった治療は表面だけを治す方法なのである
短時間で済む代わりに、中は治っていないのですぐに傷口は開いてしまう
痛みも無くなる訳ではない、まさにその場しのぎなのだ
しかし、戦場ではそれが大事であり、彼はそれに特化していったのである

「了解だ」

バテンが大剣を背負い、サラに目をやると
彼女は何やら考え事をしているようだった

青いな

それがバテンの彼女に対する印象である
戦場で考え事など命に関わるからだ

『アシュ!動けるか』

『ダメっすわ、右足が動きやしねぇっ』

立てずに転がったままのアシュは悔しそうに砂を殴っている
バテンは隣にいるプララーにアシュを治すよう耳打ちし
その時間を稼ぐために大剣を横に構えて走り出した
大男が走ってくるのを見て我に返ったサラは慌てて体勢を立て直す

「ふんっ!!」

バテンの大振りになぎ払い、剣圧で砂が舞い上がる
だが、サラは半歩引くだけでそれをかわし、バテンの右手首を狙った
しかし篭手で阻まれ、かすり傷すらつけられない

バテンがサラを相手している間、プララーはアシュの傷口をふさぐ
足首は動くが立てない原因は踵の腱が切れているためだった
これは流石にすぐには治せない、しかし応急処置の方法が無いわけではなかった

「ちょっと痛いわよ」

「おう、わぁってらっ、やってくれ」

ポーチから針と糸を取り出し、詠唱を始める

「根源たる生の灯火よ」

彼女の右手に蒼い炎が宿り、それは針にも燃え移る

「癒やしの息吹よ・・・ふぅ~」

プララーから淡い緑の息が吐き出され、アシュの足首を包む
痛みが和らいでゆき、アシュは服の袖を噛んで待ち構える

「ほぉいっ!!」

アシュが来いと合図を出すと同時にプララーは針を足首へと刺した
その針はかなり太く、とても長いものだ
八の字を描くように手際良く針を通し、最後に糸を結んで歯で噛み切る

「終わったわよ」

「・・・ぷはぁっ!!痛ってええええええええええ!!』

血は出ておらず、パッと見では解らないほど綺麗な跡だった
よたつきながらもアシュは立ち上がり、口角を上げる

「サンキュ」

「無茶しないでね」

「おうっ」

プララーの心配そうな優しい瞳など目もくれず
アシュは先程投げた槍の元へとフラフラと歩いて行った

・・・・・

・・・



メンフィス軍、医療班本部

「命に別状はありません、しかし腕は・・・」

「わかっています、よくやってくれました」

バステトは手術の終わったナビィの寝顔を眺めて涙を溜め
彼女の左手を握り、全身を見る
止血のためにと彼女のアラジンパンツは破かれ包帯代わりに使っており
鍛え上げられた美しい脚と下着があらわになっている
顔と頭を覆っていたターバンもまた包帯代わりに使い、彼女の素顔が晒されていた

今回治療に当たった医療班は全員女性である
そのため、顔を隠す必要はなかった
しかし、このままにしておくのはバステトには偲びなかった


彼女との出会いは10年以上も前になる

とある一族の長であったラスール・ナビィは窮地に立たされていた
それは一族で伝染病が流行り、次々に死者が出たためである
ここまでか・・・そう思ったある日、黒狐の紋章を背負う一団が訪れた

彼等は面妖な事に女は顔を隠していた
しかし、この村を襲った病をあっという間に治してしまったのだ
その時に指揮を取っていたのがバステト姫である

彼女達の国はメンフィスというらしい
ナビィの一族は受けた恩は返す習わしがあった
一族全ての命が助けられたのだ、メンフィスに全てを捧げよう
そう切り出したのは誰だっただろうか、その案は満場一致で可決された

そして、ナビィの一族はメンフィスに属する事となった
メンフィスの者に習い、女性は顔を隠した
最初は嫌でしかなかったが、慣れてしまえばどうという事はない
むしろ、お洒落の一環として楽しむようにもなっていった

ナビィ達は受け入れて貰えるか心配だったが、予想以上の歓迎を受けた
彼女の一族は魔法に強い者が多く、特に火の魔法を得意としていたためだ
何よりも彼女の一族が歓迎された理由は、ヒッポグリフという魔獣である

衰退の一途だったメンフィスはヒッポグリフにより立て直されたのだ
ナビィ達はお国のためにと一生懸命働いた
その献身的な姿に胸を打たれた者も多く、彼女は認められていった
それは、メンフィスの姫だったバステトにとってもそうだった
いつの間にか、バステトにとってかけがえのない存在となっていたのだ

二人は親友となり、女王と近衛隊長という間柄に変わる
バステトはナビィを頼り、ナビィはバステトの喜ぶ姿を見るため働いた

時には互いの悩みを相談し合い、くだらない話で盛り上がった
恋の話をした事もあったかもしれない
普通の女の子としての人生を歩んだらどうなっていたのか
そんな夢物語を女王と族長は語り合っていたのだ


楽しかった思い出を振り返りながらナビィの服を探しに行く
すぐにそれを手に入れて戻ると、ナビィは目を覚ましていた

「バステト様、ご無事で何よりです・・・うっ」

「安静にしてなさい」

起き上がろうとしたナビィを制し、新しい服を彼女の脇へと置く

「私は・・・ヒッポグリフ隊はどうなったのですか」

状況が理解できていないナビィは少しでも情報を手に入れたかった
仲間が、ヒッポグリフがどうなったのか、そればかり考えていた

「ヒッポグリフ隊は8体が落とされ
 撃墜されたヒッポグリフに騎乗していた者は貴女以外は戦死しました」

「・・・っ!」

ナビィが悔しさで歯がギリッと音を鳴らす
唇からは血が流れ、首を伝い、胸まで流れていた
彼女は激痛が走る身体を無理矢理起こし、立ち上がる

「ダメです!動いてはなりませんっ!」

『止めないでくださいっ!!』

『なりませんっ!!』

目の前に両手を広げて立ちふさがるバステトを睨むが
彼女もまたナビィを睨んでいた

「私はメンフィスに命を捧げた者、ラスール・ナビィです」

「・・・・・」

「私の命はこの国のために使うべきなのです」

「・・・・違います・・・それは、違うっ」

バステトの目には涙が溢れる
しかし、ナビィは左の拳を強く握り言葉を続ける

「バステト様、この戦は負けは許されません
 散って行った同胞達のためにも、残された者達のためにも」

バステトの両手はゆっくりと下りてゆき、力なく座り込む

「バステト様・・・・"あれ"を返していただけませんか」

彼女の言う"あれ"が何なのかすぐに判り、バステトの瞳からは涙が溢れ続ける
それはナビィの一族が代々守ってきた物
メンフィスに命を捧げる証として、女王バステトに預けた物である

「お願いします」

ナビィの固い決意を感じる、もはや止める事は出来ない
自分は彼女の親友である前にメンフィスの女王なのだから

「わかりました・・・・」

バステトは首から下げるネックレスの先端にあるロケット部分を開き
中に入っている小さな赤い宝石のようなもの取り出す
それをナビィに手渡し、涙を拭い、彼女を真っ直ぐ見つめた

「頼みます、ナビィ・・・この国を、救っ・・・うっ・・・ううっ」

後半は涙で言えず、バステトは泣き崩れる
そんな彼女に深く頭を下げ、ナビィは外へと向かった



小高い丘になっている場所にあるテントから出て戦場を一望する
もはやメンフィスに勝機は無いと言っていいほど圧されていた
数の減ったヒッポグリフの爆撃も効果が薄く
ヒッタイト軍を止める事は出来ていなかった

彼女は左手に握り締める小さな赤い宝石を胸に歩き出す・・・・



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C.O.M.M.E.N.T

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