2017_06
26
(Mon)05:42

4章 第20話

オリジナル小説 『カタクリズム』
4章 第20話 【闇夜の旅立ち】

今回で4章は終わりです。
常闇編はここで一旦切りますが、5章にも続きます。

では、続きを読むからどうぞー。








【闇夜の旅立ち】





『何で僕らを狙う!話し合いは出来ないのか!』

シルトは飛んでくる矢を弾きながらメンフィス兵に訴えていた
だが、返答はもらえず、兵士達は武器を構え、ぞろぞろと向かってくる

「話す気はないってか・・・くそっ」

心の中で城壁解除と呟き、構えながらゆっくり下がって行った

・・待っていたぞ・・・・

「・・・・ん?」

何か声が聞こえた気がした

「・・・・」

注意深く辺りの音を探るが、先程の声の持ち主はいない
だがどこかで聞いた事がある声だった

・・この時を幾程の月日待った事かっ!ついに揃ったぞ俺の魂が!!

「・・・・は?」

その瞬間、シルトの身体は物凄い力で後ろに引っ張られたような感覚に襲われる
すると視界は真っ暗になり、1箇所だけ小さな窓のようにぽっかりと穴が見える
その穴から外の景色、自分が見ていたはずの景色が飛び込んでくる

・・は?何が起きた?

・・待ちわびたぞ、俺の器よ

背後から声がし、バッと振り向くと、そこには40前の男が座っていた
男はどこか見たことがあるような面立ちで、その装いも見覚えがあった

アヴァロン2

・・アンタ・・誰だ?ここはどこなんだ

・・くっ・・・くくくっ・・・俺か?くくっ・・・俺を知らぬか

・・悪いな、知らないね

何なんだこのおっさん、気持ち悪い
シルトは目の前のこの男を警戒し、半歩距離を取って身構える

・・寂しい事を言うな、ずっと共にあったではないか、くくくっ

共に・・・?何のことだ?
この男が言わんとする意味が分からない

・・俺は"アヴァロン"、メンフィスの王と言えば分かるか?

・・へ?メンフィスの王さま?なんでこんなとこにいんのさ

・・俺の肉体は6000年前に忌々しいトカゲ野郎達に滅ぼされたからな

6000年前?あぁ、神話戦争ってやつか
トカゲ野郎ってのは悪魔かなんかだろうか

・・で、なんでその王さまがここにいんのよ

・・何、簡単な事だ、お前の肉体を貰うという話だよ

・・は?!何言ってん・・・っ!

座っていたはずのアヴァロンはノーモーションで立ち上がり
そのまま鋭い突きを放ってきた
ギリギリのところで常闇の盾で防いだが、受け流す余裕はなかった

・・てめっ!

・・ふはははは!お前はここで死ねっ!!

アヴァロンは長剣を両手で振るい、凄まじい連撃を食らわしてきた
ギリギリのところで防ぎ、いなしてはいるが
この連撃を防ぎ続ける事は困難だった・・・そこでシルトは攻めに転ずる

盾で受け流し、その盾の裏側から相手には見えない突きを放つ
シルトの一番得意とするカウンター技だ
だが、アヴァロンはそれを知っていたかのように回避し
逆に膝蹴りを合わせてくる・・・それはシルトの腹部にめり込んだ

・・がっ!・・・・ごほっごほっ

再び連撃が始まり、呼吸を整える暇すらない
だが動きに慣れてきた、防げないほどじゃない
そう思った瞬間だった

ザシュッ!

・・は・・・?

常闇の盾で完全に防いだと思ったアヴァロンの縦斬りは
シルトに直撃し、彼の右腕を切り落とす
その右腕に常闇の盾はなく、代わりにアヴァロンの右手にそれはあった

・・うあああああああああああっ!!ぐあっ・・・くっ

一瞬遅れて激痛が襲い、転げ回る

・・その鎧も外套も返してもらうぞ

アヴァロンがそう言うと、自分が着ていたはずのそれはアヴァロンに移る
そして奴は僕の左肩を踏みつけ、その剣を僕の胸に突き刺した・・・・

・・・・・

・・・



笑い声が聞こえる
どこから聞こえてくるのかは分からないが
とても不快な笑い声だった

目を開けているのか閉じているのか分からないが真っ暗な闇の中にいる
水の中にでもいるように手足はふわふわと浮いているようで
動かそうにも思うようにいかない

だが、感覚だけはある
手に伝わるのは剣で肉を切り裂く時の感触
鼻に入ってくるこの臭いは人間の血や臓物や汚物の臭い
風を切る感覚、大地を蹴る感覚、剣を振るう感覚
それらはハッキリと伝わってきていた

少ししてそれらが止む
戦いが終わったのだろうか、分からない、何も見えないんだ
くそ、僕の身体はどうなったんだ

「ほぉ・・・半亜人か、珍しいが悪くはないな」

辺り一帯から聞こえてくるような声が響く
まるで声の主の口の中にいるような感覚だ、うるさくて仕方ない
だが、その瞬間に懐かしい匂いが鼻をくすぐる

何の匂いだっただろうか
それにこの手触りを僕は知っている気がする
癖っ毛なんだよな・・・って誰がだろう?

「1晩くらいなら相手をしてやってもいいぞ」

コイツは何を言っているんだ、喧しいな
それに随分上からの物言いだ、気に食わない

またこの匂いだ、やっぱりこの匂いを僕は知っている
この手触りは・・・そうか、綺麗な髪をしてるんだよね
誰のことだかは分からないけど、何となくそう思った

「悪くない髪だ、よく手入れがされている」

馬鹿だな、あの子は手入れなんて大してしてないんだ
元が綺麗な髪をしてるんだよ、何も分かっちゃいないな

「だが胸が貧相だな、青い方がまだマシか」

そうそう、あの子の方が大きくなったんだよな
胸が膨らんできた時は焦ったな、幼い彼女達は羞恥心すら知らなかったから
何度教えてもあの子は風呂上がりに服を着るのを嫌がったっけ
でも、もう一人のあの子は最初から少し恥じらいを持ってたなぁ

・・あの子って誰だろう・・・

「お前は・・・ほう、懐かしい奴がいるな」

それにしてもこの声は喧しいな

「死ね」

物騒なこった、世も末だね

『ふははは!ここでお前に会えるとは俺はツイている!!』

・・うっさ!!声デカすぎだろコイツ!

『ぬるい!ぬるいぞ!悪魔王!!今日こそその魔力をいただく!』

だー!うるせえええええ!って・・・悪魔王?
悪魔王・・・悪魔王・・・なんだっけ、それ
悪魔王・・・・・・あ!悪魔王アスタロト!そうだ、何で忘れてたんだ?

「チッ、なまくらが」

アスタロト、ジーンさん、そうだ、そうだ、なんで忘れてたんだ
あの癖っ毛はシャルルだ、あの綺麗な髪はサラだ

あれ?目が・・・見える
ラピじゃん、あはは、何に驚いてるんだ・・・っ!?
・・・・・誰だ、今ラピを蹴り飛ばした奴は・・・殺してやる

『お前ぇぇぇぇぇぇっ!!』

・・シャルル!!・・・え・・・なんで僕にそんな眼を向けるんだよ・・・・

「押し寄せる大海のうねり!」

・・ちょっと・・・シャルル、なんで僕にそんなの撃とうとするんだよ・・・
・・やめろよ、僕が何をしたんだよ!
・・どうして・・・どうしてそんな泣きそうな顔してんだよ!!

「喰らえ」

・・もうやめてくれ・・・頼むから・・・

「そんな・・・なんで」

・・お願いだ・・・お願いだ・・・

「ぐぅっ!」

・・シャルルッ!!大丈夫か!おい!シャルル!!

『シャルルーッ!!』

・・誰だ・・・誰がこんな事を・・・・

「ほぉ」

・・ふざけんなよ・・・・いい加減にしろ・・・・
・・っ!ジーンさん避けろ!!

《ぐっ》

・・くそっ!くそおおおおおおおおおおおおお!!!
・・なんで身体が動かないんだよ!どうなってんだよっ!!

そこで僕は気づいた・・・自分の右腕が無い事を・・・
胸に大きな穴が開いている事を・・・

・・そうか・・・負けたんだ、奴に・・・アヴァロンに
・・アイツは言ってたな、僕の身体を貰うって
・・って事は・・・今これやってんの・・・・・・僕かよ・・・・・

・・はは・・・笑えない、何も笑えない
・・冗談にもならない、どうかしてる

・・僕は見ている事しか出来ないのか?彼女達が傷つく姿を・・・
・・僕はどうなってしまったんだ・・・分からない
・・僕は・・・・誰だ・・・

『シルトさんを返せっ!!』

・・シルト・・・そうだ、シルトだ、僕はシルトだ
・・1等級冒険者ハーフブリードのリーダー、不動のシルト、それが僕だ

「はははははっ!残念だったな、ヤツはもう消えたよ」

・・消えてなんか・・・ねぇよ・・・

『お前は・・・お前だけは許さないっ!』

・・サラ・・・・やめろ・・・逃げるんだ

「ほぅ、珍妙な剣を使う」

・・ダメだ、戦っちゃいけない・・・

「お前、なかなか良い脚をしているな」

「っ!?」

・・本当に強くなったな、サラは
・・でも、ダメだ・・・逃げてくれ、皆を連れて逃げてくれ

「このっ!」

・・サラ!後ろだ!避けろっ!!

「っ!?!!?」

・・くそっ!この野郎!!うちの子に触ってんじゃねぇ!!!

「ほぅ、下着は白か、嫌いではないぞ」

・・・・・見てない、僕は見てないぞ

「隠す事もあるまい、抱いてやると言っているのだ」

・・お前、ふざけんなよ、マジで殺すからな

『誰がお前なんかに・・・っ!
 シルトさんと同じ顔で、同じ声でそんな事言うなっ!』

・・サラ・・・・

「なんだ、お前はこの男を好いているのか」

・・・・・・・

「違っ・・・」

「何が違うというのだ、本当は嬉しいのだろう?
 この男に抱いてもらえるのだぞ、ほら、喜ぶがよい」

『違うっ!!お前はシルトさんじゃないっ!』

・・そうだ、サラ・・・それは僕じゃない・・・・

「シルトさんを・・・返せ」

・・斬れ・・・・・斬るんだ・・・サラ

『返せっ!!』

・・頼む・・・

「できぬよ」

・・ダメだ!!サラッ!避けろ!!!

ドスッ・・・・

「え・・・・」

・・あぁ・・・・・あああああぁ・・・・・・ああああああああああっ
・・伝わってくる、サラの鼓動が・・・弱く弱くなっていく
・・ダメだ・・・ダメだ・・・死なないでくれ・・・

「ごふっ・・・あ・・・あ・・・・」

・・うぅ・・・あああああぁ・・・・さない・・・・許さない・・・・
・・アヴァローーーーーーーーーーーンッ!!
・・お前だけは殺す!絶対殺す!どうやっても殺す!死んでも殺す!!

その時、小さな窓から何かに引っ張られるようにアヴァロンが戻って来る
それを見たシルトはゆらりと立ち上がり、床に落ちていた剣を拾う

・・てめぇは・・・殺す、絶対殺す

・・なに!俺の精神を上回っただと?!

・・殺す・・・殺す・・・殺す・・・殺すっ!!!

左手一本でシルトは剣を振るう
その剣は先程サラの身体を貫いた、使い慣れたあの剣だった
アヴァロンはそれを常闇の盾で防ぎ、折れたミスリルブロードソードで受ける

・・くっ、なんて奴だ、化け物か貴様!

・・死ね!死ね!死ね!死ねっ!!

圧倒的にシルトが押しているが左腕だけでは攻めきれず
右腕が無い事がもどかしかった、そして苛立った

なんで無いんだ、今無くてどうするんだ
コイツを殺すためには必要だろ!そうだろ?!
皆を傷つけたコイツを殺す、絶対に殺す、そのためには要るだろう!?

・・ちっくしょおおおおおおおおおおおおおっ!!

心の叫び、絶叫とも言えるそれが響いた時
シルトの右腕が再生される

・・そうか、そういう事か・・・

・・チッ

ここは心の中の世界、あると言えばあるのだ
全ては心のあるがままなのだ

・・なら、こういう事なんだろう?

シルトは常闇の鎧、盾、外套を自分の物だと強く思う
すると、アヴァロンが身につけていたそれはシルトに移り
シルトの攻撃は激しさを増していった
そして、アヴァロンの持つ折れたミスリルブロードソードが弾き飛ばされる

・・くくっ・・・今日のところは負けておいてやる

・・言いたい事はそれだけか

・・油断するなよ、いつでもお前の身体を狙っている
・・もう安心して眠れる夜が来るとは思わぬ事だな・・・くくくっ

・・死ね

ミスリルロングソードはアヴァロンの胸を貫き、シルトは剣をひねる
剣を引き抜き、更に首を跳ねる
転がったアヴァロンの頭は笑っていた

・・二度と出てくるな

・・・・・

・・・



世界は一気に色付く
視界は広がり、左手にはミスリルロングソードが握られていた
その剣はサラの胴体を貫き、彼女はぐったりとしている

「あ、あぁ・・・・サラっ!サラっ!!』

剣を伝い、彼女の血が流れてくる
手が、腕が、彼女の生暖かい血で濡れてゆく
サラは今にも砂糖菓子のように粉々に崩れてしまいそうだった
零れ落ちてしまいそうな彼女の命をどうにかして繋ぎ止めなくては

「ごめん・・・ごめん・・・今助けるからな、もう少しだけ待っててな」

涙声で彼女に謝り、剣を引き抜く事なく横向きに寝かせる
すぐに立ち上がった彼は辺りを見渡す
近くにジーンが横たわっており、彼女の身体は見るも無残な状態だった
だが、ゆっくりと逆再生するように戻っていっているのでおそらく大丈夫だろう

少し離れた位置にシャルルが横たわっている
彼女はピクリともせず、口から血を吐いた形跡があった

「くそっ・・・ダメだ、シャルルも急いで治療しないと・・・」

ラピはどこだ・・・そうだ、民家に!
シルトは壁の壊れた民家を見つけ、盾を投げ捨て走り出す

「ラピっ!!」

「う・・・うぅ、シル・・・さん?」

シルトが入って来た時にラピはビクッと身体を強張らせる
ラピはその民家の家主に手当を受けており、意識はあった

「良かった、無事か・・・すまなかった・・・」

彼の顔は涙でぐしゃぐしゃになっており、ラピはホッと胸を撫で下ろした

「ううん、もういいよ」

だが、ラピの横でウェールズはグルルルと唸っていた

「ラピ、頼む、サラとシャルルを助けてくれ」

「分かった、連れてって」

シルトはラピの身体を抱き上げ、大急ぎでサラの元へと連れてゆく
運ばれながらラピはディナ・シーを召喚し、その妖精をシャルルの方へと飛ばした

「サラの方が急ぎだと思う」

シルトがサラの元まで連れてくと、ラピは黙って頷いた

「シルさんはシャルル連れてきて、揺らさないようにね」

「分かった」

シルトは近場にあった小屋の扉を剥がし、それにシャルルを乗せる
小屋の主が出て来るが、状況を見て納得してくれた
サラとシャルルを扉の板に乗せ、ラピもそれに乗り、治療をしながらの移動となった

宿に着き、彼女達をベッドに寝かせ、ラピの懸命な治療が続く
シルトはジーンを板に乗せ宿まで運び、すぐに王宮へと走った
そこで治療師を借り受け、大急ぎで宿まで戻る

「ラピ!治療師借りてきたぞ!」

「助かるよー」

ラピが的確な指示を出し、サラとシャルルの治療を重点的に行う
ラピ自身も肋骨が折れており、治療師と入れ替わりで治療を受けていた

「ラピ・・・・」

「なに?」

「すまない・・・」

シルトは深く深く頭を下げる
彼の両目からは涙がポロポロと落ちていた

「いいよ、私は平気だから」

「ありがと・・・・二人の事、頼むね」

「うん」

シルトは落ち着かない様子でサラとシャルルの顔を覗き込んでいる
だが、邪魔にはならないよう離れていた

数時間に及ぶ手術と治療魔法の効果でサラとシャルルは何とか一命を取りとめた
流石に疲れたラピは治療師と交代し、少し休憩していた

「ラピ」

「んー?」

「僕は出て行こうと思うんだ」

「へ?どういう事?」

ラピが首をかしげて聞くと、シルトは俯き首を横に振った

「僕がいるとまた皆を傷つけるかもしれない・・・またいつああなるか・・・」

「・・・・・」

「だから僕は一人で行くよ」

そう言う彼の顔は酷くやつれて見えた

「・・・・・やだよ・・・」

ラピぷくー

ラピの声は震えており、今にも泣き出しそうだ

「・・・置いてかないでよ・・・私がんばってるんだよ・・・一人にしないでよ・・・」

「・・・・・ごめん」

「・・・・・・シルさんはどこ行くの?」

シルトはしばらく悩み、ゆっくり口を開く

「分からない・・・とにかく人がいないところだろうな」

「そっか・・・・」

「・・・ごめんな」

「謝るくらいなら行かないでよ・・・」

「ごめん・・・」

ラピは瞳に大きな涙を溜めながら、ずずっと鼻をすすり立ち上がる
ぐしぐしと眼を袖で拭き、無理に笑顔を作る

「二人は任せていいよ」

「ありがとう、助かる」

「いいよ、大切な仲間だから当然っ!」

ラピのその言葉でシルトは再び涙が溢れてくる
その大切な仲間を自分が傷つけてしまったのだ、と
危うく命すら奪ってしまうところだったのだ、と

「シルさん、泣かないで」

「・・・・あぁ、そうだね」

「二人は必ず助けるから、ね?」

「頼む・・・大切な・・・・家族なんだ」

「うん、任せて」

シルトは静かに部屋から出て行く
ラピは手を伸ばすが彼を掴む事は出来なかった

彼の今にも消えそうなあんな顔を見たことがなかった
あんなに涙を流す彼を見たことがなかった
いつも他人に合わせて生きている私に、彼を止める事なんて出来なかった

喉まで出かかっていた「帰ってくるよね?」という言葉も吐き出せず
掴むことの出来なかった手を強く握り締め、彼女は治療に戻って行く

陽は落ち、辺りは闇に包まれる
その闇夜の中、メンフィスから一人離れてゆく後ろ姿があった
まるで闇に溶けてその一部になったかのようなその男は静かに旅立った

・・・・・

・・・



その頃、世界では大きな変化が起きていた

ある日、死の神が滅ぼした国"ウェヌス"
その跡地には何も無く、直径120キロもある巨大な穴だけがあった

穴に降りようとした者がいたが、その者は即座に死を与えられる
上空を通過しようとした鳥さえも死を与えられた

絶対不可侵領域

生命が近寄ってはいけない領域だった
そのため、自然と今はもう誰も近寄る事の無い地方となっていた

そのウェヌスで突如異変が起きた
ある放牧の民が言う

「草を求めて牛を連れて移動していた時の事だ
 あの大穴の側で眠くなったから早めにテントを張って寝ちまったんだよ
 おてんとさんもご機嫌斜めだったしな、がははは
 確か陽が落ちる前だったかなぁ・・・で、よ
 起きたらまだ陽が上る前だったんだが、いやぁ、俺はたまげたねっ!」

身振り手振り大袈裟に彼はこう言った

「あの大穴が無かったんだよ!」

その話を聞いていた酔っぱらい達が口を揃えて彼をバカにする

「おめぇ寝ぼけてたんじゃねぇのか?」

「そだそだ、あの大穴なら俺も見た事あんけど
 あんなんが一晩で埋まるわけなかっなかっ」

「ホントだって!」

男は必死に訴えるが、酔いの回った男達には笑い話にされてしまう
だが、この場にいる全ての者は後日知る事となる
彼の言っていた事は事実だったと・・・・

翌朝、村は大騒ぎになっていた
大穴が消え、見たこともない紫色の山が現れ
その方角から聞こえてくる、この世のものとは思えない声が響いていた

村では若い男達が集まり、大穴の様子を見に行った
そこで彼等は目にした光景を一生忘れないだろう

異形の者達が闊歩していたからである
頭には角が生え、尻尾もあり、背には翼すらある
そんな化け物がうじゃうじゃといたのだ
様々な異形の者が溢れ返っており、さながら地獄とも言うべき光景だった

男達は必死で逃げた、そしてその事を村々に伝えて歩き
それは国に伝わり、やがて世界に伝わった

人間達は大急ぎで壁を作り、異形の者達に備えた
だが、異形の者達にとって人が作る壁など意味は無く
一瞬で破壊され、村々は蹂躙され、大地は腐敗していった

ある学者が言った

この異形の者達は古い文献に記されている"悪魔"である、と
大穴に現れたあの紫色の大地は"魔界"である、と

誰もが信じられなかった
あの光景を見なければ、あの異形の者を目にしなければ
誰一人信じなかっただろう・・・しかし、誰一人として疑わなかった



世界は魔界と通じ、悪魔がこの世に現れたのだと・・・



・・・・・

・・・



《・・・・そうですか、いいでしょう、好きになさい》

赤い髪の男とも女とも言える者が言う
その者の手足は長く、手足の関節が1つ多い事により不気味さがあった
少しゆったりとした服を着ているが、上品さがあり
見ただけで王族と思えるような風格がある
その背には12枚の昆虫の羽根のようなものが生えていた

「はっ!急ぎ、兵を向かわせます」

赤い髪の者の前に跪き、頭を垂れる女性がいた
女性の髪は黒く長く、艷やかで美しい
その腰は異様なほど細く、全身を黒い革のようなドレスで着飾っている
特筆すべき点は頭の上に華のようなものが咲いている事だろう

《それはそうと"アレ"は見つかったのかしら?》

赤い髪の者が言う
その声は耳にまとわりつくような独特な声だ
その声は脳内に直接流れてくるため、耳を塞ごうと意味は無い

「いまだ発見出来ておりんせん」

もう一人の女性が赤い髪の者の靴を舐めながら答えた
それは無理矢理やらされているのではない
彼女が好んでしているのだ
その証拠に靴を舐める彼女の顔は赤く染まり、とろけそうな瞳をしている

《そう・・・・つまらないわね》

赤い髪の者は読んでいた本を放り投げ
靴を舐めている女性の顔を蹴る

「ごぎゃっ」

女は醜い悲鳴を上げ、その頭は転がってゆく
千切れた首からは血は出ず、女が人間ではないのは明白だった

女は身体こそ人間に似ているが、その頭には長い角が2本あり
その瞳は白目部分が真っ黒に染まっており
その口はこめかみまで裂けていた

頭の無い女は転がる自身の頭をよろよろと追いかける
その姿を見て赤い髪の者は笑っていた

《ふふふ、おかしいおかしい、実におかしい》

やっとの事で自分の頭を捕まえた女は、それを頭部に戻す
すると、目は動き出し、口も動き出した

「ありがとうござりんす、ベルゼビュート様ぁ」

頭を吹き飛ばされたというのに女は御礼を口にし、頬を染める
そして、主である赤い髪の者、悪魔王ベルゼビュートの足元に跪き再び靴を舐めた

《早く"アレ"を見つけなさい、生きたまま連れてくるのですよ》

「はい、お任せくだしゃんせ」

角の生えた女は会釈をしてから霧のように消える

《お前》

頭に華が咲く女がベルゼビュートの前に跪く

《サタナキアを連れてきなさい》

「はっ!牢から出してよろしいのですね?」

《私に意見をする気?》

ベルゼビュートの黄金色の瞳がギラリと輝く
彼の目は蜂の巣のような複眼であり、その1つ1つに睨まれている気がしてくる

「い、いえ、滅相もありません・・・」

《早く行きなさい、とろい子は嫌いですよ
 今の彼は気が立っているから、精々殺されないように気をつけなさいね》

「はっ!」

頭に華が咲く女は早足で部屋から出て行き
ベルゼビュートは席を立ち、窓から外を眺めていた

《全くもって醜い世界・・・美しくないわね》

今彼の目に映る世界は半分が人間達の世界である
彼の城はこの直径120キロの領域の隅にあるのだ

《私色に染め上げないといけませんね・・・ふふふ》



その瞳は世界を舐め回すように見つめていた


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C.O.M.M.E.N.T

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